120、剥不ちゃんの結論②



「……タイム・パラドックス……?」


「過去を変えた時に、未来の結果に矛盾が生じる現象」


「あの、理解できるか分からないんですが、説明を」


「了承」


 剥不さんは、パソコンを動かしながら、うなずいた。


「君が出会った三船二葉がαアルファ次元の三船二葉であることは、仮定した。それは変わらない」


「パラレルワールド理論も成立しているってことですか」


「おおよそ。そこでα次元とは、どのような世界だと思う?」


「αは二葉先輩が生きている世界、だって」


「それはなぜか」


「なぜ……? 理由ですか?」


「なぜ、三船二葉は生存したのか」


 二葉との会話を思い出す。

 彼女は入院していた。病気がちだった彼女の病状は高校入学の年に悪化した。


「……病気が治ったから」


「ではなぜ、αでは病気は治り、私たちのいるβベータでは病気が治らなかったのか」


「それは……αでは……病気が治る要因があったから」


「そこが分岐点ぶんきてんになる。αとβの違いはそこ」


 その言葉に、鷺ノ宮はあごに手を当てて、顔をしかめた。


「だったとしたら、俺たちにはどうしようもないんじゃ。2年前の出来事ですよ。今更、そんなことを……言ったって……」


 鷺ノ宮の言葉が止まる。


「あれ?」


 何かに勘づいたように、言葉を続けた。


「そもそもどうしてαでは二葉さんの病気が治ったんですか? だって入院したところまでは同じなのに」


「さぁ。少なくとも治らない病気ではなかったということ」


「もしかして……誰かがその分岐点に干渉した、とか言いたいんですか。だからタイム・パラドックスが起きたと」


時間逆行タイムリープが起きた。語弊ごへいを恐れずに言うなら、過去改変」


「タイムリープ」


「論よりデータ」


 剥不さんはパソコンのディスプレイを裏返した。穴があくほど見た、2つの曲線だった。


「恒星Nの影響グラフ。この未知の電磁波は、空間に影響を与えるものだと仮定した。それは完全な説明ではなかった」


 剥不さんはゆっくりと口を開いた。


「つまり、時間」


 グラフの起点を指差した。


「恒星Nは、他の電波の時間軸を狂わせている」


 間違いない、と彼女は断言した。


「特定の周波数の電波に、干渉している。過去から未来。未来から過去を行き来させている」


「……まさか」


「これなら、過去改変は可能になる」


 剥不さんは「ふん」と偉そうに腕を組んだ。その姿を横目に見て、鷺ノ宮は眉間みけんにシワを寄せた。


「そうすると、誰かが過去改変を起こしたから、二葉さんが亡くなってしまったと」


「それは、逆」


「逆?」


「過去改変を起こしていないから、三船二葉の存在が消えていた。言い換えるなら、過去改変をしないと、三船二葉は生存できない」


「は……? じゃあまだ、過去改変は起こっていない……?」


「過去改変は、これから起こる。α次元とは、未来に起きる過去改変によって発生した。本来は存在し得ない、ifもしも


「……まだ起きていない過去改変で、次元が分岐している……訳が分からなくなってきた」


「俺ももう分からない」 


「火がついてないのに、煙がでてるようなもんだよ、これ」


「つまり因果関係が逆転している。時間軸がメチャメチャに狂っている」


 剥不さんは「面白い」と言いながら、ニコニコ笑っていた。


「パラレルワールドとも違う。私たちが今いるこの次元はαでありβ。2つが両立している。すなわち、三船二葉が世界」


「生きていて、死んでいる。それ……完全に矛盾して……」


「だから矛盾パラドックスと。2つの事実が同時並行で進行している。なぜ彼女の消失をほとんどの人間が認識しなかったのか。それは彼女は生きていて、また同時に死んでいたから」


「無茶苦茶じゃないですか。時間も因果関係も事実も」


「無茶苦茶なのは当然。これは、時間という仕組みの重大な欠陥。タイム・パラドックス。どちらともつかない曖昧な世界」


「曖昧……」


「それこそが私たちの現在地」


「2つの次元が入り混じっていると」


「そう。消失でもなく出現でもない。一連の現象は、言うなれば、可能性の揺らぎ。ほんのわずかな行動で変化する、不安定な天秤てんびん


 二葉先輩が残したノートに目をやる。

 彼女が消えてもなお残り続けた、小さな冊子。運命タロットノート。


「じゃあ二葉先輩は」


「まだ間に合う。恒星Nの電磁波は、完全に消えた訳ではない」


「本当ですか」


「このノートが残っているなら、おそらく。過去改変を起こせば、三船二葉が生存する方向に、天秤てんびんは傾く。これが私の結論」


 剥不さんはそう言うと、おもむろに立ち上がった。白衣が風にひらひらとたなびいた。


「というわけで急ごう。これから時間逆行タイムリープを、発生させなければいけない」

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