113、大吉ですっ!


 元旦。


 のそのそと昼過ぎに起きた俺たちは、近くの神社に初詣はつもうでに行くことにした。坂を登ったところにある神社は、新年ということもあって、人でごった返していた。


 敷地の隅では、焚き火が煙を立てていて、その近くでは、お神酒みきが振舞われていた。


「晴れて良かった」


 何だかスッキリした新年だねと、二葉は上機嫌だった。


 数10分ほど待って、ようやく賽銭箱さいせんばこの前にたどり着いた。カランと鐘を鳴らすと、ポケットから5円玉を取り出して投げた。


 何を祈っているのか分からないが、彼女は随分と長い間目を閉じていた。


 真剣な横顔で、手を合わせたままジッと動かなかった。顔を上げると、彼女は俺の手を引っ張って歩いて行った。


「よし。おみくじ引こう」


「こういうの、好きでしたっけ?」


「新年のおみくじは別。大抵良いやつしか入ってないから」


「そんなもんですかね」


 境内から離れた売店まで向かっていく。巫女さんが一人、子どもにおみくじを渡しているところだった。


「100円」


 俺たちが行くとちょこんと座る小柄な巫女みこさんは、手を差し出してきた。その顔をじっと見て、二葉がきょとんとした顔をした。


「あれ、剥不はがれずちゃん」


「あけおめ」


 よ、と手を挙げて彼女は挨拶した。


「元気そうで何より」


「何してんのこんなところで」


「親戚の、手伝い」


「へー……巫女さんかー……良いなー。私もやってみたいな」


「良いけど。タダ働き」


「やっぱ良いや」


 あっさりと諦めた二葉は、剥不さんからおみくじをもらった。俺も100円を出して、おみくじを受け取る。手渡す直前、剥不さんはちょいちょいと俺のことを手招きした。


「異常は、なし?」 


「……最近はあんまり」


吉兆ぐっどにゅーす


「このまま、何ともないってことはあります?」


「ある。所詮は机上の空論だから」


 剥不さんはゆっくりとうなずいて、言った。


「でも、時間は大切にした方が良い。別れはいずれ訪れる」


「それって……」


「私たちが、生物である限り」


 カウンターで作業をしながら、剥不さんは俺を見上げていた。


「時間は有限だから」


「あー……そういう意味で」


光陰こういん矢の如し」


「……ですね……あの、今更ですがクリスマス、本当にありがとうございました。おかげで二葉先輩と会うことができました」


「礼には及ばず」


 深々と頭を下げて、剥不さんに別れを告げる。


 二葉はおみくじの紙を開けずに、俺のことを待っていた。


「何話してたの?」


「光陰矢のごとし、だって」


含蓄がんちく深いねぇ」


「いつも通りですよ。じゃ、開けましょうか」


「うん」


 短冊を開く。


 先に二葉が出てきた文字を読み上げた。


「……大吉!」


 ぴょんと飛び跳ねて、自慢げにおみくじをかざす。


 幸先が良い。俺も自分の短冊を開いて、結果を見た。


「俺も大吉。……っていうか、これ子供用じゃないですか。大吉しか入ってないやつだ」


「くふふ。だから言ったでしょ」


「おみくじ引く必要があるのか……」


「大吉を引くという喜びを味わえる」


「新年早々、凶より気分が良いのは確かですが」


「そういうこと」


 調子の良いもんだ。


 繋いだ手を、変わりばんこに片方のポケットに突っ込みながら、帰り道を歩いていく。冬の空はどこまでも透き通っている。頬に触れる冷たい風が、ヒリヒリとして心地よい。


「そういえば、来週、俺の両親が帰ってくるんだ」


「そうだった。挨拶しなきゃね」


「一応、同居のことは姉から説明してくれるみたいだから」


「怒られないかな?」


「それは無いかと。理解力はあるから」


「緊張するなぁ」


 落ち着かなげに、彼女は自分の髪をいじった。まるで今がその時だとでもいうように、照れたような表情をしていた。


「二葉。ちょっと提案があるんだけど」


「なぁに?」


「俺、二葉のお兄さんに挨拶しようと思う」


「お兄ちゃん?」


 先輩はうーんと腕を組んだ。


「でも、剥不ちゃんが言うことには、この世界の私は死んでるんでしょ。お兄ちゃんびっくりしないかな」


「それも含めて、説明しなきゃいけないかなって」


「信じてくれるかな」


「信じないかもしれないけれど。言うべきだと思う。決して、悪いことなんかじゃ無いはずだから」  


 間違いではあるかもしれないけれど、悪いことじゃない。


 彼女がここにいるのは事実で、これからも生活する上で、それは避けられないことだ。


「普通でいよう」


「普通って?」


「普通の幸せな恋人」


 そう言うと、彼女は目を細めて、自分の口元あたりまでマフラーを持ち上げた。


「そうだね」


 彼女はたぶん、笑っていたんだと思う。


 結局のところ、その心配はしなくても良くなった。


 二葉が俺の家に現れることは、それ以来、なくなったからだ。

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