102、ぼっちじゃない記念日
12月24日。
クリスマスイブ。
この日、二葉先輩は朝からいなかった。
昨日、一緒に夕ご飯を食べたきり、俺は彼女と会っていない。
1人の朝食を終えて、出かける支度を整える。行き先は最初のデートで行った遊園地。
二葉先輩が行きたいと言っていたイルミネーションを、今日は見に行く。
電車に乗り込むと、辺りはカップルと家族連れだらけだった。
それでも行くのは、二葉先輩との約束のためだった。
「多分、私、明日朝からいないと思う」
昨日の夜。12月23日。
夕飯のハンバーグを美味そうに平らげた先輩は、おもむろに言った。
「一緒に遊園地行けないかも、ごめん」
「わかるんですか」
「何となく」
「という訳で、ぼっちじゃない記念日は中止かな」
「どうしてですか?」
「どうして……って。だって間に合わないかもしれないじゃん。もう一回出てきた時には、閉園時間になっちゃってることだってあるし。トンチンカンな場所に私が出てきて、連絡つかないことだってあるじゃない?」
「良いですよ、全然。俺、遊園地で待ってますから」
「へ……」
先輩は目を白黒させた。
「ナルくん、1人で遊園地行けるの?」
「小学生ですか、俺は。……待ち合わせしましょうってことです。万が一、二葉先輩が変なところに出てきても、遊園地集合ってことにすれば間に合うかもしれないじゃないですか」
「……待ち合わせ」
ゆっくりうなずいた二葉先輩は、にへらにへらと表情を崩した。
「それは良いね」
「場所決めて、そこで落ち合いましょう」
「そっか、待ち合わせかぁ」
「一緒にイルミネーション見ましょう」
「うん、ずっと見たかったんだぁ……」
目を細めて、お茶を飲んでいた二葉先輩だったが、しばらくしてハッと我に返ると、慌てた様子で言った。
「でもさでもさ。私が全然、出てこない場合だってあるじゃん」
「出てくるまで、待ち続けます」
「夜まで?」
「夜まで。いや、朝まででも」
俺の言葉に、彼女は困惑したように手元のグラスを見た。
「私が……もう消えちゃって、出てこない場合だってあるんだよ」
「その時はその時です。とりあえず、明日の夜、俺はずっと先輩が出てくるのを待っています」
「……本気?」
「本気ですよ。どうせ、やることもないですし」
そう言うと、先輩はふふふと嬉しそうに言った。
「ありがと」
「あの……その代わり、先輩に約束して欲しいことがあるんです」
「なぁに?」
「どれだけ遅くなっても、謝らないでくださいね」
「私が? 謝る?」
「最近の二葉先輩は、すぐ謝りますから」
「そっか。そうだったかなぁ……」
「迷惑かけてるなんて、思わないでください。俺は好きでやってるんですから」
「……変なの。ムキになっちゃって」
先輩は照れ臭そうに言った。
「でも、嬉しい」
「約束できますか」
「うん、分かった。私が来るまで待ってて。できるだけ、すぐ出てこられるように頑張るから。いや、むしろ遊園地に出てきちゃうくらいの覚悟で!」
「そんなことできるんですか……?」
「気合だよ。気合」
「……そんなもんですか」
「そんなもん! わー! ありがとう! すごく楽しみなんだけど!」
彼女は身を乗り出して、すごく良い笑顔で言った。
それが昨晩の会話。
二葉先輩は小学校の頃の遠足の前みたいに、枕元にカバンを用意して眠りについた。そして朝になったら予告通り、消失していた。
『次はー、終点ー……』
そして昼になっても、彼女が現れることはなかった。待ち合わせの時間が近づいてきたので、俺は1人、遊園地へ向かうことにした。
前回来た時と違い、今日はイルミネーションを見に来た人たちが、行列をなしていた。
1人分の入場券を買って、歩いていく。
見晴らしの良いベンチを見つけ、そこに腰掛ける。そこが待ち合わせの場所。すぐ目の前はぐるぐる回る飛行船のアトラクションで、楽しそうな人の声が聞こえてくる。
あとは、二葉先輩が現れるのを待つだけ。
「大丈夫、ぼっちには慣れているから」
そう自分に言い聞かせ、彼女が来る時を待ち続ける。
天気予報では、今夜は氷点下まで冷え込むらしい。
早く来ないかな、と。
俺にできるのは、もう祈ることくらいしかなかった。
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