68、バッタ捕まえてくる


「……へ」


 俺の言葉を聞いた二葉先輩は、しばらく沈黙した後で、ようやく口を開いた。


「それって」


「例の消失が進んでいるんです。消えている時間がどんどん、長くなっています」


「長く……」


「先輩は段々と消えていっているんです。寝ている時も、起きている時も」


「あー……そう……だったんだ」


 焚き火の前で体育座りをした先輩は、ギュッと自分のひざを抱えた。

 下を向いた彼女が、どんな表情をしているのか分からなかった。二葉先輩は小さな声で言った。


「……おかしいなぁと思っていた。だって最近、一日が終わるのが早いんだもん。そんなに私消えていたんだ」


「昨日は……四時間くらいでした」


「長いなぁ」


 焚き火がパチンと火花を立てる。


「時間が伸びているってことは、つまり最終的には、どうなるの?」


「それは……」


「私が、説明する」


 剥不はがれずさんは表情を変えずに、恒星Nと先輩の消失時間のことについて話し始めた。電磁波の影響が、間もなく消えると言うこと話すと、二葉先輩は大きなため息をついた。


「私消えるんだ。変なの」


「あくまで、データを照らし合わせた結果」


「それって、いつの話?」


「計算では、年明けくらい」


 その言葉を聞いた彼女は、何も言わずに、ただ黙って焚き火を見つめていた。


 二、三度炎がぜた後、二葉先輩は再び言葉を発した。


「消えたら、どうなるの」


「分からない」


「死んじゃうの?」


「それも分からない」


「分からないことばっかりだね」


「分かっているのは、恒星Nの電磁波の影響が消える時期だけ」


「……そっか。教えてくれて、ありがとう。つまり、その電磁波が消えると、私が消失する、この世からいなくなる可能性が高いってことだね」


「……そう」


「納得いかないけど、理解したよ」


 そう言って彼女は微笑むと、地面に突き刺さった竹串を取った。


 マシュマロは、すっかり炭になっていた。


「……焦げちゃった」


 残念そうに彼女は言った。


 黒くなったマシュマロは、どろりと溶けて地面に落ちた。黒い影のようなシミになった。


 もう誰も何も言わなかった。


 気まずい沈黙が辺りを支配していた。


 ふ、とため息をついて、先輩は立ち上がった。スカートについた砂を払うと、ゆっくりと足を踏み出した。


「どこ行くんですか?」


「バッタ捕まえてくる」


「……バッタ」


「すぐ帰ってくるから」


 彼女はそう言うと、コテージとは真反対の森の中へと消えていった。シンとした暗闇に、彼女のシルエットは消えていった。


 まるで消失するみたいに。


「……追っかけたほうが……」


 心配そうな顔をした鷺ノ宮が、俺に声をかけた。


 ようやく全部を言えた胸の奥は、最悪な気分だった。ムカムカして、さっき食べたものも全部吐き出してしまいたかった。


 ただ自分が不甲斐ふがいない。


「やっぱり……2人きりで話させてください」


 吐いてスッキリするなら、そうしたい。でも目を背けても、何の意味もない。


 俺は彼女の後を追って、森の中へと入っていった。

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