61、ファーストキスをもう一度


「……ん」


 驚いたように目をまん丸くした先輩は、しばらく何も言わなかった。


 金髪のウィッグがずり落ちて、床に落ちる。


 ハッと呼吸をすると、彼女は俺の胸のあたりを、グーでポンポンと叩いた。俺を突き飛ばすと、顔を真っ赤にして叫んだ。


「ふ、不意打ち!」 


 ぐわんぐわんと瞳を揺らして、先輩は言った。


「い、いや、先に不意打ちしたのは私だけども!」


「す、すいません。でも俺、言いたいことが……」


「い、言いたいことはあるのはこっちだー!」


 涙目になった二葉先輩は、地団駄を踏んだ。


「ちょ、ちょっと驚かせてやろうと思っただけなのに。そんなにびっくりすることないじゃん……! しかも、その上いきなりチューするって……どういうこと?」


「つ、つい」


「もう、これじゃあ何がなんだか分からないってば! よ、喜ぶかなって思っただけなのにー!」


 二葉先輩はとても怒っていた。


 やり場のない怒りをしずめるべく、腕をブンブンと振り回していた。どうにもならなかったのか、俺の顔をにらみつけて、


「やり直し!」


 と大きな声で言った。


「やり直しを要求します!」


「やり直し……」


「もう一回最初からやるの!」


「どうすれば……」


「げ、玄関から、出直してくるの!」 


 無理やり俺からリビングを追い出すと、先輩はガサゴソと何か準備をしていた。


 少しすると、再び静かになった。


「……もー良いよー」


 二葉先輩の呼びかける声が聞こえてきた。


 動揺が収まらないまま、玄関から歩いていく。


 リビングに入ると、部屋の隅のカーテンがあからさまにもっこりと膨らんでいる。


 しばらく呆然と立っていると、もっこりしているところから、ささやき声が聞こえてきた。


「ほら……私のこと呼んで」


 やり直す、とはドッキリをやり直すと言うことか。


 なんとか理解して、彼女の名前を呼ぶ。


「……ふたばせんぱーい」


 それで納得したのか、もっこりから先輩が姿を現す。


「ぱん」


 空っぽのクラッカーを持った二葉先輩は、自分で効果音を言った。


「と、トリックオアトリート」


「あ……わ。わー、びっくり」


「く、ふふ。だ、だーいせいこーう」


 すごくぎこちない。

 彼女は恥ずかしさからか、顔を伏せたまま近づいてきていた。


 次に、先輩はスカートをパタパタとあおいだ。


「これ、ショッピングモールで買ったのと同じ。レンタル」


「は、はい」


「どうかな?」


 さっきのショックから、ちょっと落ち着いてきた。ようやく目の前にいる二葉先輩が、はっきり見えるようになってきた。


 可愛い。

 ちゃんとめてすらいなかった。


「とても似合っています」


「ほ、本当?」


「とてもかわいいです」


「ふ、ふふ」


 先輩から笑い声が漏れる。


 照れ臭そうに口を隠して、笑っている。


 続くセリフが思い浮かばなかったのか、彼女は口を真一文字に結んでいた。


「えー……っと」


 瞳を右から左へ、左から右へと動かすと、彼女は覚悟を決めたように目を閉じた。


「ど、どうぞ」


 二葉先輩がゴクリと唾を飲み込む。


「やり直し……なので」


 小さな声で言って、彼女は顔をあげた。

 プルプルしながら、ジッと立ちすくんでいる。


 俺は彼女の肩のあたりを持って、身をかがめて、口を近づけた。


「し……失礼します」


 彼女の震える唇に、そっと自分の唇を合わせた。

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