先帝である長兄レオンハルトの未亡人、フィオリナ妃の登場に、


「……あの人、苦手よ」


 露骨に嫌な顔をして、ミアリスはロザリアの背中へ隠れた。

 見ればアルフォンス皇帝も同じく、苦い顔。


「義姉上、遅刻と呼ぶにも遅すぎるご到着だが?」


「あら、陛下。貴方があまりうるさいから、私、来るとは約束しましたけれど。間に合わせるとは言ってなくてよ」


 扇を口許に高笑い。


「お祈りなんてつまらないのに皆、朝からご苦労だこと。どうして帝国の方って、こうもお堅いのかしら」


 そしてまた高笑い。後ろの取り巻き達……見るからに軽佻浮薄けいちょうふはくな貴族の若者達を指して、


「私、今から皆様と森へ遊びに行きますの。貴方方もこんなカビ臭い教会に閉じ籠るより、共にいらして人生を謳歌なさったら?」


 14の時に隣国カンザリー連合王国より嫁いできた、美貌の皇妃。

 煌めく銀の髪に白い肌、御年22歳にして一児の母でもありながら、彼女の若々しさ、麗しさは絶世、傾国といった賛辞さえ大袈裟には聞こえない。

 聞こえないのだが、


(お綺麗ですけど、好みではありませんね)


 ロザリアは、そんな感想を抱いた。

 遠く帝国へ嫁いできて、しかも夫レオンハルト帝に先立たれた悲運のプリンセス。もっと国民の同情を集めて然るべき存在なのに。


「皇子は。ユーシスは連れてないのか?」


 アルフォンス帝の問いにも、実にあっけらかんと、


「乳母に任せましたわ。だって、私はこれから遊びにいくのですもの、面倒見てられませんわ!」


 ……これである。

 美しいが享楽的で、贅沢三昧の「赤字夫人」。

 皇位継承権を持つ皇子ユーシスが産まれなければ、カンザリー王国へ突き返していただろう、今の皇室の悩みの種だった。


 付き合ってられん、とばかりに溜め息を吐き、アルフォンス帝は教会を去る。

 既に貴族達の挨拶もあらかた終わってはいた。


 お堅い邪魔者は消えた、とばかりに、妖艶な笑顔で、大聖堂に残った人々を誘うフィオリナ妃。


「あら、貴女も可愛いわね。可愛い娘は私、大好きよ」


 純朴そうな侍女の一人を捕まえて、腕を取り、


「ほら、お堅い神様なんかより私といらして。たっぷり、可愛がってあげるわ」


 引っ張っていく。


(酔っ払ってらっしゃるのしら?)


 そんな風にもロザリアは思った。そう考えると皇妃も、取り巻き達も、少しお酒臭い気がしてくるから不思議だ。


 とにかく、強烈な人には違いない。

 それだけは、ロザリアも納得。自分も女の子は大好きだけど、こんな公衆の面前では遠慮する。

 ほら、敬虔な司祭の一人が、ふしだらな、と吐き捨てているのが見える。


 政治、学問といった、世のあらゆる真面目とされる領域の外にいながら。フィオリナ妃殿下の存在感だけは、確かに女王のそれだった。

 ただ場に在るだけで、自分の色に世界を染めてしまう、薔薇の女王。


 ロザリアが呆気に取られながらも感心していると。


「…………」


 ぎゅっと、ミアリスに手を握られた。

 そう言えば、フィオリナ妃がやって来てから、隠れたままずっと無言。その表情は見えない。


「……殿下?」


 ロザリアが、その理由わけを問おうとすると。


「あら、いたのね、ミアリス」


 場を凍らせる、冷たい声。

 ミアリスの姿に気付いたフィオリナ妃の視線は、距離を掴みかねるようなアルフォンス帝のそれとは違い、ずっと冷たく……明確な敵意を宿していた。


「汚ならしい、娼婦の娘。……野良犬娘さん?」

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