Ⅻ
先帝である長兄レオンハルトの未亡人、フィオリナ妃の登場に、
「……あの人、苦手よ」
露骨に嫌な顔をして、ミアリスはロザリアの背中へ隠れた。
見ればアルフォンス皇帝も同じく、苦い顔。
「義姉上、遅刻と呼ぶにも遅すぎるご到着だが?」
「あら、陛下。貴方があまり
扇を口許に高笑い。
「お祈りなんてつまらないのに皆、朝からご苦労だこと。どうして帝国の方って、こうもお堅いのかしら」
そしてまた高笑い。後ろの取り巻き達……見るからに
「私、今から皆様と森へ遊びに行きますの。貴方方もこんなカビ臭い教会に閉じ籠るより、共にいらして人生を謳歌なさったら?」
14の時に隣国カンザリー連合王国より嫁いできた、美貌の皇妃。
煌めく銀の髪に白い肌、御年22歳にして一児の母でもありながら、彼女の若々しさ、麗しさは絶世、傾国といった賛辞さえ大袈裟には聞こえない。
聞こえないのだが、
(お綺麗ですけど、好みではありませんね)
ロザリアは、そんな感想を抱いた。
遠く帝国へ嫁いできて、しかも夫レオンハルト帝に先立たれた悲運のプリンセス。もっと国民の同情を集めて然るべき存在なのに。
「皇子は。ユーシスは連れてないのか?」
アルフォンス帝の問いにも、実にあっけらかんと、
「乳母に任せましたわ。だって、私はこれから遊びにいくのですもの、面倒見てられませんわ!」
……これである。
美しいが享楽的で、贅沢三昧の「赤字夫人」。
皇位継承権を持つ皇子ユーシスが産まれなければ、カンザリー王国へ突き返していただろう、今の皇室の悩みの種だった。
付き合ってられん、とばかりに溜め息を吐き、アルフォンス帝は教会を去る。
既に貴族達の挨拶もあらかた終わってはいた。
お堅い邪魔者は消えた、とばかりに、妖艶な笑顔で、大聖堂に残った人々を誘うフィオリナ妃。
「あら、貴女も可愛いわね。可愛い娘は私、大好きよ」
純朴そうな侍女の一人を捕まえて、腕を取り、
「ほら、お堅い神様なんかより私といらして。たっぷり、可愛がってあげるわ」
引っ張っていく。
(酔っ払ってらっしゃるのしら?)
そんな風にもロザリアは思った。そう考えると皇妃も、取り巻き達も、少しお酒臭い気がしてくるから不思議だ。
とにかく、強烈な人には違いない。
それだけは、ロザリアも納得。自分も女の子は大好きだけど、こんな公衆の面前では遠慮する。
ほら、敬虔な司祭の一人が、ふしだらな、と吐き捨てているのが見える。
政治、学問といった、世のあらゆる真面目とされる領域の外にいながら。フィオリナ妃殿下の存在感だけは、確かに女王のそれだった。
ただ場に在るだけで、自分の色に世界を染めてしまう、薔薇の女王。
ロザリアが呆気に取られながらも感心していると。
「…………」
ぎゅっと、ミアリスに手を握られた。
そう言えば、フィオリナ妃がやって来てから、隠れたままずっと無言。その表情は見えない。
「……殿下?」
ロザリアが、その
「あら、いたのね、ミアリス」
場を凍らせる、冷たい声。
ミアリスの姿に気付いたフィオリナ妃の視線は、距離を掴みかねるようなアルフォンス帝のそれとは違い、ずっと冷たく……明確な敵意を宿していた。
「汚ならしい、娼婦の娘。……野良犬娘さん?」
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