第325話 『家族』の見送り
いつものように目覚め、しかし高価な服に袖を通すことはなく、久しぶりの普段着を着て王宮の裏手に集まった伊織たちはアイズザーラを始めとする家族に見送られていた。
そう、家族だ、と伊織は思う。
アイズザーラは祖父。茶目っ気のある関西弁には驚いたが、儀式での振舞いはまさに王だった。
ミリエルダは祖母。感性が独特だが察しが良くて根回しの上手い女性だ。
メルキアトラは伯父。笑いの沸点は少し低いがカッコ良く、兄弟の中で唯一の既婚者である。
シエルギータは叔父。火属性で快活で眩しい。後から聞いたがミュゲイラに求婚したらしい。
リアーチェは叔母。伊織よりも年下だが物事をはっきり言い、しかしまだ子供でいる選択をできる子だった。
そして――
「イリアス、何しとんのや。見送りに来たのに隠れとったら意味ないで!」
――そうアイズザーラに呼ばれたイリアスは、伊織に似た顔を引き攣らせながら柱の影から姿を現した。
べつに見送りたくて来たわけじゃないと言いたげな表情だったが、状況がそれを口にすることを許さない。どう見ても見送りに来ている。
「イ……イオリを見送るために来たんじゃないからな! オリヴィア姉……ね……姉様、を見送りに来たんだ!」
「イリアス兄さま、ここで観念する男気を見せるべき」
「茶々を入れるな……!」
そこへ静夏が一歩前へと出る。
そのままイリアスの前にしゃがんで目線を合わせると、静夏はにっこりと微笑んだ。
「ようやく姉様と呼んでくれたな。嬉しく思うぞ」
「……」
「王都にはなかなか戻ってこれないと思うが……イリアス、リアーチェ。お前たちもどうか健康に毎日を過ごしてくれ」
イリアスは何か言いたげな顔で目線を泳がせ、口を開いては閉じるを繰り返してから唐突に胸を張った。
「ふ、ふふん! 何を言うかと思えば! 僕が健康なんて人に言われなくても決定事項だ!」
「これを翻訳すると「心配しなくても体には気をつける」になる」
「だから茶々を入れるなリアーチェ! ……あ……あと、だな……こういうことを黙ってると母様が怖いから言うけどな、……最初に怖いって言って悪かった」
静夏は目を丸くしてイリアスを見る。
そして「気にしていない」と優しく笑うと――イリアスをぎゅうっと抱き寄せた。
姉から弟への和解のハグ、といえば聞こえはいいが聖女マッシヴ様のハグである。
その威力を身を以て知っている伊織はヒュッと息をのんで目を逸らした。耳に人体由来の聞き慣れない音が届いた気がするが気のせいということにしておく。
ナスカテスラが小声で「まさか……おれさまのでばんか?」と問い掛けてきたので気のせいにしきれなかったが。
気を取り直して伊織はアイズザーラたちに近寄った。
「おじいちゃん、おばあちゃん、二人ともどうかお元気で。……僕、二人をこう呼ぶことができてよかった。本当に」
王都へ行くまでは人物像もわからず、仲良くできるかどうか心配だった。
しかし二人は会ってすぐに事情をわかった上で伊織を孫として愛してくれた。その愛情は本物である。
転生のことは伏せているが、肉体の血の縁はたしかに二人と繋がっていた。
(おじいちゃん、おばあちゃんって前世ではなかなか口にできなかったけれど……ここではいっぱい呼ばせてもらえたな……)
それだけで幸せだ。
伊織がそう思い微笑むと、アイズザーラはぶわっと涙を流して両腕を広げた。
「イオリ! またいつでも帰ってくるんやで!」
「え、あ、待っ……」
はっと気づいた頃には時すでに遅し、伊織もイリアスに似た人体由来の聞き慣れない音をさせながらハグされることと相成ったのだった。
体の軋みを感じながら解放された伊織は似たような状態になっているイリアスと視線を合わせた。
――第一印象は最悪だったが、そう悪いところばかりではないと知ることができたのは家族としては幸いだったかもしれない。やはり叔父とはいえ家族の一員、険悪になるのは伊織としても避けたかったのだから。
照れ隠しに強がりながらも出てきてくれたのだ、なら一言かけるならこちらからにしよう、と伊織が口を開きかけたところでイリアスがふっと笑った。
「出発前からぼろぼろじゃないか、そんなんでヨルシャミを守れるのか? 今のうちに僕に譲渡してもいいん――」
「あ゛?」
「急に怖い顔をするな!」
自分でも驚くほど低い声が出たな、と伊織は喉をさすりつつ頭を軽く振る。
「イリアス、強がりで他人を軽んじたことを言うのはやめろ」
「う……」
「あれから市場の人たちにも聞いたぞ、お前には目利きの才能があるじゃないか。石のコレクションも凄かった」
「う……?」
「それにゴーストスライムに引き出されたお前の炎の魔法も凄い威力だった。つまり鍛えれば育つポテンシャルがあるんだ。他人を下げて自分を上に見せるよりさ、そういう長所を伸ばすのを頑張ってみる方が価値があるんじゃないか?」
「う、う?」
「僕はそう思う。きっと同じ火属性のシエルギータ叔父さんみたいな猛者になれるはずだ。なのにもったいないだろ?」
何を突然褒めてるんだよ、という顔で固まったイリアスは半歩引きつつ言葉に詰まった。
「いっ、いわ、い……」
言われなくてもわかってるしやってやる。
偉そうに意見するな。
そう返そうとしたが上手く舌が動かない。褒められた動揺だけでなく、なんとなく本心ではそんな返しをしたくないという表れのようだった。
何度か力んだ後、イリアスは観念した様子で口を開き直す。
「……、……わかった。……そ、そんなことを言ったのを後悔するくらい立派になってやるからな!」
「……! うん、見返してくれ」
「こいつ……! ――ふん、そっちも精進しろよ、イオリ!」
そう言ってそっぽを向いたイリアスに伊織は「もちろん」と笑った。
***
ランイヴァルと共に同行する部下は八名。
魔導師長は普段は千人以上の人数を率いているが、現在は人員を細かく分けて各所に派遣しているため王都に帰還した段階では百名ほどだった。大体中隊がこれくらいだという。
その中で魔法を扱える者が訓練場に集まったメンバーたちだ。
最終的に全員で戦闘訓練も行ない、魔法を扱えない者も知識として魔法に関する事柄を頭に叩き込むことで連携をスムーズにできるようにした。知っていれば出来るフォローというものがある。
今回はラタナアラート側からの指示もあり、調査の名目で赴けるのは聖女一行と道中で必要になる馬番も含めてこの人数がぎりぎりだったという。
これ以上は侵略に来たものと見なされなねないので、とランイヴァルは眉を下げていた。
なお、ナスカテスラとステラリカは里帰りという扱いになるため心配無用らしい。里を出た自分たちが歓迎されるかはわかりませんが、とステラリカは少し不安げにしていたが、ナスカテスラは「唯一反応が怖いのは姉さんくらいだね!!」と絶好調だ。
セラアニス曰く、ラタナアラートはリラアミラードより『外から来る者』を警戒する傾向があったと聞いているらしい。
セラアニスの故郷であるリラアミラードは旅人は受け入れるが住民が外の世界へと出ていくのは快く思っていなかった。来る者拒まず去る者は追うといった感じだ。
その姉妹里であるラタナアラートは来る者すら基本的に拒む。
恐らく里の位置がリラアミラードより山の浅い位置にあるからだろう、という憶測もあったという。なお浅いといっても街の人間からすれば山奥の秘境だ。
そんな里が調査を受け入れるほど軟化しているのは千年の月日の間に変わったか、魔獣がそれほど強敵か、はたまた別の理由か。
(行ってみればわかる、かなぁ……)
伊織は王都から少し離れたひと気のない場所でそんなことを考えながらランイヴァルたちを振り返った。
同行する八名の中にはベラ、ミカテラとモスターシェの姿もある。三人とも訓練中にニルヴァーレから「伸び代あり」との判定を受けていた。
「こんなところまですみません、そろそろバイクに乗りますね」
ランイヴァルたちはそれぞれ馬に跨っている。
王都を出てすぐはまだ「聖女マッシヴ様たちが討伐に向かうぞ!」という野次馬が多かったこともあり、こうしてひと気のない場所まで離れるのを待ってバイクを召喚することになっていた。
召喚時間の問題もあるため、リータとサルサムとミュゲイラは通常の馬に乗り、バイクを召喚していない間は相乗りする予定だ。
ワイバーンで向かってもいいのだが、ランイヴァルたちは王都に戻らなくてはならない。そのために馬は必要で、そしてその馬はワイバーンに乗れないため致し方ない。
今回も人工転移魔石が使えればよかったのだが、前に懸念したように一般の騎士団員に知られることは避けたかったので今回は控えることとなった。副作用が強く出た場合も考えると余計に慎重になってしまう。
「そういえば……噂には聞いていますが、そのバイクというのはどのような召喚獣なのですか?」
不思議そうにするランイヴァルに伊織は笑みを向ける。
「訓練中はリーヴァばっかりだったんで見せるのは初めてでしたっけ。僕の相棒なんです、時間制限はありますけど……今回は馬と同じくらいの速度で走ってもらうんで、そこそこ乗ってられると思います」
伊織はどこからともなくバイクのキーを取り出すと虚空に向かってそれを突き刺した。
そのままキーを回すとエンジン音と共にバイクが現れる。
いつものデフォルトの形。伊織が前世で乗っていたままの形だ。
そこにサイドカーを作り出し、ヨルシャミとバルドに乗り込んでもらう。
「? ……? なん、ですかその姿……ええと」
「つるつるですね?」
「お前他にツッコミどころないのかよ」
ミカテラにそう言いながらモスターシェは興味深そうにしげしげとバイクを眺めていた。
前世で乗っていた機械の乗り物です、今は魂があります。
――とは言えないため、伊織が説明しあぐねているとランイヴァルから二人に「こら、何をイオリ様を困らせている。早く持ち場につけ」と喝が飛んできた。
気遣いの喝だ、と感じた伊織はランイヴァルに密かに頭を下げる。
その後ろでミュゲイラが「なんかあたしの馬デカくねぇ!?」と騒いでいた。ミュゲイラの体格で乗れる馬なのだから大きくなるのは当たり前である。
「さて、イオリ様、それではそろそろ出発を――」
そう言いかけたランイヴァルは首を傾げた。
静夏だけ未だに地面に立っている。
「失礼ですが、オリ……し、シズカ様はバイクに乗らなくてよいのですか?」
「私は走っていく」
「走っ」
「あ、母さんは走る派なんで心配しないでください」
「いや、その」
そういう問題だろうか。
そんなことを言われて安心できるものだろうか。
ランイヴァルは心底そう思ったが、相手は聖女マッシヴ様である。そして年若い頃から人並み外れた筋力を見せつけてきた王女だ。
ならば。
「――愚問でした。では皆様、ゆきましょう」
そう微笑み、ランイヴァルは馬を走らせる。
宣言通り静夏が自前の足で馬やバイクと並走し、バイクを休ませている間も静夏だけは延々と走るという有言実行っぷりを見て「本当に愚問だった」と思う少し前のことである。
***
王都ラキノヴァで新たなる世界での家族に会い、繋がりを感じ。
ヨルシャミとの関係もようやく仲間たちに明かすことができた。
訓練では自分も学ぶことが多く、味覚の件も呪い由来だと判明。
――そんな得るものが多かった土地から離れた一行に温かな雨が降り注ぐ。
前世の世界ならば季節はそろそろ五月の終わり、梅雨が近い。ラキノヴァ周辺の気候は日本に近く、ここでも梅雨は存在しているという。
そんな雨に度々濡れながらも目指すのはベルクエルフの里、ラタナアラート。
山の中に存在する里はセラアニスの故郷と関りのある土地だ。
一体どんな魔獣がいるというのか。本当に魔獣はいるのか。それすらわからないが、遠くに見え始めた薄い色の山影に里があることは確実なこと。そして――リラアミラードもそこにある。
そう思いながら伊織は心の中でセラアニスに語り掛ける。
セラアニスさんが死の真相を知りたいと言うのなら、僕も全力を尽くします、と。
雨が止んでも霧が残る。
烟る視界を掻き分けながら、伊織たちは山に通じる道へと足を踏み入れた。
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