第317話 家族の一員

「じ、実家!? なんでナスカテスラさんの実家に僕らがお呼ばれすることに……!?」

「ナスカおじさん、それ簡潔すぎて何も伝わってこないやつですよ!」


 端折りすぎたかな? と首を傾げたナスカテスラは「なら普通に話そう!」と姿勢を正した。

「まずイオリの呪いを解けるかもしれない方法がわかったんだ、肉体そのものを呪われてるわけじゃないから『呪われた魔力』をすべて体外に出せばいい!」

「ナスカテスラよ、簡単に言うが伊織はまだ魔力一匹一匹に個別に指令を出せるほど熟練していないぞ」

「いや、それは普通に出来ないだろう? ……出来ないよね? あれ? ヨルシャミはできるのか! やはり気味が悪いくらい器用だ!!」

 本気で気味悪がるナスカテスラに半眼を向けつつヨルシャミは考えを巡らせる。

「ニルヴァーレが憑依状態ならできるかもしれんが、あいつは呪われた魔力の選別はできないか……となると……外から第三者が取り出すしかないわけであるな」

「そう、それが俺様が提案しようとしていたものだよ!」

 魔力は古いものから使われていくわけではない。

 それでも呪われた魔力がそのまま残留しているところを見るに、呪われた個体は長く中に留まろうと魔法に姿を変えずに逃げ回っているのだろう。

 そこで該当する魔力を第三者が摘出しよう、というのが概要だ。

 しかしこれが何故ナスカテスラの実家に行くことに繋がるのか。伊織がそう顔に出しているとナスカテスラは笑みを浮かべて言った


「まず初めに呪いの影響を受けている魔力の選別が必要だ! 自分の呪いをどうにかしようとした時に選別する道具を手に入れたんだけどさ、それが……」

「それが………?」

「その道具があるの、実家の倉庫なんだよね!!」


 ああなるほど、とようやく合点がいった。

 ナスカテスラ曰く希少な道具のため新たに仕入れるより実家に取りに戻った方が早いのだという。

「ふむ、私が凝視すればいくつかは呪われた魔力を見つけることができるかもしれないが、取りこぼしが怖いからな……その道具とやらに頼らせてもらおうではないか」

「よし、では取りに行くのを予定に組み込んでおくよ! 丁度ランイヴァルたちも予定があったみたいだしね!」

「ランイヴァルたちもとな?」

 きょとんとするヨルシャミにナスカテスラは「ああ」と情報の欠損に気がつき、自身とステラリカを指した。

「俺様とステラの故郷はベルクエルフの里ラタナアラート! そして一時帰還していたランイヴァルたちは次にラタナアラートの魔獣を調査しに行く予定だったんだ!」

「なんと、話に出ていたラタナアラートはお前たちの故郷だったか!」


 初日にランイヴァルがヨルシャミに報告した魔獣の話。

 王都から近い位置にあるベルクエルフの里、ラタナアラートに『強力な魔獣が住み着いたのではないか』という疑いがある、というものだった。

 本当に魔獣がいるのかどうかはわからないが、報告者ごと行方知れずというのはただ事ではない。

 あれからヨルシャミも更に詳しい資料を貰ったが、その里の魔獣の件はまだ調査段階であり、聖女一行が直接出向く前にもうしばらく我々でも調べてみますとランイヴァルは言っていた。

 それが魔導師長自ら赴くことになったということは――

「……事態に動きがあったのか?」

「俺様も詳しくは知らないが、派遣した調査員が二人行方知れずになったらしいな! だが不思議なことに魔獣の気配はすれど里の住人に被害はないらしい! ……ここも「らしい」だから要検証といったところだが!」

「そっか、ナスカおじさんは実家が心配だから見に行きたいんですね」

 ステラリカの神妙な声にナスカテスラは「はっ!?」と仰天した顔をした。

「お、俺様はただ道具を取りに行きたいだけだぞ! それにお前の母なら魔獣の一匹や二匹余裕で叩き潰せる! 保障しよう!」

「そんな保障いりませんってば」

 笑うステラリカにナスカテスラは咳払いをし――否、鼓膜に響くほどじつに大きな咳払いをし、特に意味もなくイスに腰掛ける。


「と、とにかく! ランイヴァルの調査に同行という形ならば俺様も王都から離れられる! 許可はもう取った! 騎士団の準備もあるから今すぐじゃないが、お前たちも準備しておくんだぞ!」

「はい、わかりました!」


 次の目的がはっきりしたことに伊織は少しばかりほっとした。光明が差すのはどんな細い光でもありがたいことだ。

 そこにかかる暗雲が気になるところではあるが。

 そんなことを考えていると、ヨルシャミが「我々もそれまでにやらねばならないことがあるな」と呟いた。

「え? 準備や訓練の仕上げ以外に?」

「ああ、ここへ来る前に使いが来てな。多重契約結界への参加許可が確定、準備も整ったらしい」

「わ、ってことはヨルシャミは今より忙しく――」

 私だけではないだろう、とヨルシャミは軽く首を傾げる。

「多重契約にはお前も参加するのだぞ、イオリよ」

「……んえっ!? 僕も!?」

「今回の新規契約追加には王族を含めるのが条件だった。契約には魔力を用いる故、シズカは不向きでな。できれば他の面子も加えたかったが――さすがにこれ以上余所者を組み込むのは懸念の声が大きいらしい」

 しかし未熟な自分が参加してもいいものなのだろうか、と伊織は不安げな顔をする。

 未熟で、しかも呪われているのだ。

 ヨルシャミは笑みを浮かべると伊織の背中を軽く叩く。

「心配するな、お前なら十分できる。それに呪われた魔力はさっきも話に出た通り使われまいと逃げる特性がある故な、今回の契約には影響あるまい」

 そもそも魔力譲渡した際やニルヴァーレが憑依した際も悪影響はなかっただろう、とヨルシャミは言った。

「そういうことなら……うん、僕も参加してみるよ」

「ふふ、けどヨルシャミさんだけでも許可が下りたかもしれませんね」

「む?」

 ステラリカの声にヨルシャミは不思議そうな顔をし――


「聞きましたよ、お二人はパートナーなんですよね。ならヨルシャミさんも家族の一員でしょう?」


 ――そう続けられた言葉に耳まで真っ赤になった。

「まままままあそうではあるが! そうではあるがな!!」

 伊織とヨルシャミはあれからアイズザーラとミリエルダにも関係を報告し、祝福を貰っている。

 現在の王族は人間が大多数だが、異種族との婚姻は禁じられていなかった。ただ種族としての人数差が大きいのと、生きるスパンが違いすぎて例が少ないだけだ。

 二人はまだ婚姻したわけではないが、アイズザーラたちからはすでに婚約者やほぼ家族の一員のように見られている。ただの一般人なら畏れ多くて卒倒しているところだ。

 新規契約時に王族を含めるという制約があるのも信頼の有無が大きい。結界はそれだけ大切なものである。

 王と王妃の信頼は十分。それでもこの制約があるのは慎重派の親族や派閥へのアピールの一環なのだろう。


「ひ、ひとまず私とイオリ! この二人で新規に多重契約結界に参加する! いいな!」

「わかった、心の準備をしとく。……練習とかいらないやつなのか?」

「うむ、専用の魔法は結界の要になっている物に刻まれている故な。少しコツはいるが私が先にやって見本を見せてやろう」


 一体どんなシチュエーションで行なうかすら見当もつかず、伊織は想像すら上手くできなかったが――いざとなったらヨルシャミに頼らせてもらおう。

 そう考えて「頼りにしてるよ」と頷くと、ヨルシャミは大船に乗ったつもりでいろと笑みを浮かべた。

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