第313話 伊織は呪われてしまった!

 藤石伊織は呪われている。


 そう突き止めたナスカテスラの言葉により伊織自身もようやくそれを知るに至ったわけだが――何がどうなって呪いという結論になったのかまではわからなかった。

 ニルヴァーレは指導しかけていた騎士団員に「ちょっと待ってろ」と声をかけてからナスカテスラとヨルシャミに近づく。

「呪いっていうのは? どうやって突き止めた?」

「俺様の呪いについて調べる際に使った検査方法が山ほどあってね! 数値の矛盾は別の力が働いているせいではないかという仮説に基づいて調べ直す際に使ってみたらドンピシャリだったんだよ!! 検査方法についても説明したいところだが半日要するから今回は端折ろう!」

 残念だ! と言いながらナスカテスラは話を続けた。

「ヨルシャミ、君は呪いの有無は『視る』ことができるか?」

「呪いも魔法の一種というならばある程度はわかるが、よく見ないとわからんな……んんむ……しかし……」

 ヨルシャミは眉間にしわを寄せてナスカテスラを凝視する。


「……ナスカテスラよ、お前の中に残留する呪いはなんとなくわかる。が、イオリの中には呪いなど見当たらないぞ?」

「ところがどっこい! 俺様が三兆飛んで二千五回調べてみた結果、呪われているのはイオリ――正確にはイオリの中にいる魔力であるとわかったんだ!」


 随分調べたんだね、と呟くニルヴァーレにヨルシャミは「たぶん三十五回くらいのことだ」と補足した。ナスカテスラは数を大袈裟に言う癖がある。

「しかし、ふむ、イオリ本人ならば呪いの類もすぐ消え失せるだろうと不思議に思っていたのだが、そうか……強大な魂に焼かれる前に魔力の方を呪ったのか。器用だな」

「恐らく事前に目標達成が困難な場合はこうするようインプットされてるね! いやあ、趣味が悪い!」

 しかし呪いは生き物にしか利かない。

 これで『魔力は寄生生物である』という持論が立証されたね! とナスカテスラはヨルシャミにウインクした。

「ふふふ、記念パーティーと洒落込みたいところだが後回しだな。……つまり呪いのなすべきことを受け継いだ魔力が潜んでいるということか」

「さすがヨルシャミ、理解が早い! 呪い自体は早々にやられたようだ、たしか防衛機構のビームだっけ? 本来はそれで仕留められなかった侵入者を行動不能にする呪いでも籠められていたんだろうな!」

 だが桁違いの魂と魔力の保存量を誇る伊織相手だとまともに効かなかった。

 代わりに魔力を呪い、代行させようとしたが本来の呪いとは違う場所に影響が出た。

 今は伊織の脳に巣食い、味覚の一部を封じている。

 魔力は元々伊織の中に住まうものであるため、指向性が変わっても焼かれなかった。――と、ナスカテスラは仮説を順に並べた。

「元々回復は効きにくいようだからわからなかったが、この「イオリに回復魔法が効きにくい」というのも呪われた魔力が一部を阻害している可能性があるね!」

 呪いは回復魔法を阻害する性質がある。そのせいでナスカテスラも上位どころではない治療師だというのに己にかかった呪いを解けないでいるのだ。


「まあ纏めるとこの呪いは代行者を得た代わりにバグってる! ……ただ不思議なのは機械を経由した攻撃に呪いを乗せられるものなのか、ってことかな?」


 俺様は機械には明るくないからわからないが、とナスカテスラはわからないことがあるのを至極残念そうにしながら言った。

 ヨルシャミは自身の顎をさする。

「魔法と組み合わせることはあいつらならお手の物だろうが、ふむ……」

「ああ、色々方法はあるけどイオリを撃ったアレはセトラスのだろう? 前に夢路魔法内で見せてもらった時に印もあったから間違いない。セトラスなら自身は魔法を使えない代わりに他人の魔法を任意の対象に植え付けられるからそれじゃないかな?」

 ニルヴァーレの言葉にナスカテスラとヨルシャミが同時に視線を向けた。

「呪いは東の国由来なら大方シァシァ辺りのだろ。いやはや二人とももっと美しい形で防衛機構に反映させればいいのにね! 侵入者を行動不能にするついでに派手な花火を上げるとかさ!」

「……んー……ヨルシャミ! さっきから気になってたんだがこれは? ほぼイオリのオーラに隠れてるが何か混じってないか?」

「少し前に話した特殊な形で会うかもしれないと言っていた者だ」

 ああ! とナスカテスラは手を叩き、そして訓練場中に響き渡る大声で言った。


「――優秀な変態か!!」


     ***


 作業台の上に寝かされていたセトラスと作業道具を片付けていたシァシァがほぼ同時にくしゃみをする。


「……私はわかりますけど何であなたまでくしゃみするんですか」

「エ~、くしゃみくらい自由にさせてヨー。アレじゃない? どこかでウワサでもされてたとか」

 どうでしょうね、と軽く流しながらセトラスは作業台から下りて上着を着る。

 布の向こうに隠された薄い胸元には手術痕があり、更にその奥には延命装置が埋まっていた。

 この延命装置は定期的にシァシァのメンテナンスを受ける必要があり、回復魔法も装置の都合上使えないため手術痕は常に残っている。今なら何らかの方法で消せるかもしれないが、どの道メンテナンス時に再度付くためセトラスは強いて消そうという気はない。


(……まあ、ニルヴァーレなら消したがったかもしれませんが)


 友人のような交流はないが、幹部として何度か接することはあった。

 ニルヴァーレの延命装置は現在のものより旧式で、命を保ち死を防ぐ機能は同じものだが最新式よりも傷痕が大きく残るのが特徴だった。美しさに固執する男だったため、きっと憎々しく思っていただろう。

 ――が、いくらそう推測できようが彼のために傷を消す技術を対価なしに提供する気はさらさらない。

 ここしばらく姿を見せていないようだが、やはりどこかで野垂れ死んだのだろうか。

「そういやニルヴァーレもそろそろメンテ時期のハズなんだよネ~、こういう時に発信機がないと不便だなァ……」

 シァシァも延命装置経由でニルヴァーレのことを考えていたのかそんなことを口にした。

 セトラスは眉根を寄せる。

「そんな気味の悪い機能付けないでくださいよ」

「ローズライカが超絶嫌がるから大丈……ア、いや、今はいいのか」

 ナレッジメカニクスにおける移植技術の権威、ローズライカ。

 彼女のアイデンティティが『この世界に属するものを尊ぶ教えを持つ宗教』故に、体に機械を埋め込むことを忌避していた。

 ナレッジメカニクスにいれば好きなことを好きなだけできる。

 そのため延命装置や他の機械にも目を瞑っていたが、発信機で場所を特定など神にでもなったおつもりですか! とどうやら彼女の触れてはならないところに触れてしまったらしく、シァシァは大目玉を食らったことがあった。

 普段は飄々としているシァシァだが、さすがに数年つき纏われて説教地獄はトラウマものである。


 しかしそのローズライカもここしばらく姿を見ていない。


 彼女は長命種のドラゴニュートであり延命装置を必要としておらず、よって定期メンテナンスも必要なかったが、ここまで本部で姿を見ないことは一度もなかった。シァシァの予想ではすでに死んでいる。恐らく同じ予想の者は多い。

 要するに発信機を埋め込むのをやめる必要もなくなったわけだが、セトラスのように嫌悪感を露わにする者もいた。というよりも大半がそうだろう。

「今はいい……ケド、まあもしローズライカが生きてて戻ってきた時のコトを考えるとコッワいから、もう少し様子見しとくヨ~」

「死ぬまで様子見しててくれるとありがたいんですけどね」

「辛辣~!」

 今度ボルト一本緩めたままにしちゃうぞ、とシァシァは口先を尖らせる。

「矢継ぎ早に仕事が入ってるんで勘弁してください」

「アレ? そうなの? 最近オルバが聖女一行にお熱だから忙しいもんネー」

「次に行くのは魔獣の傀儡処置実験の調整ですけどね。私は同行ですが」

 セトラスが忌々しげにそう言うとシァシァは物珍しそうに細い目を開いた。

「セトラスが同行? その実験ってシェミリザ主体のでしょ?」

「そのシェミリザの依頼でやらなきゃいけない作業が被ったんですよ。できれば早くやりたいから同行して実験場でも作業を進めてくれということです」

 堪ったもんじゃないですよ、とセトラスは外に連れ出されるインドア派の顔で嘆く。

 シァシァは工具箱をぱちんと閉めて笑った。

「こないだも外に引っ張り出されてたもんネ~。ま、その実験場ってたしかあそこでしょ?」


 人を寄せつけない山の奥深く。

 霧に閉ざされていることもあり、外の世界と意図的に隔絶された場所。

 そんな景色を思い浮かべながらシァシァはにこやかに言った。綺麗な空気でも吸ってリフレッシュしてこればいい、というお節介を籠めて。


「ベルクエルフの里……ラタナアラート!」

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