第312話 大違い

「よし、多分そろそろ大丈夫なので……訓練場に戻りましょっか!」


 どこで大丈夫なのかどうか判断しているのかはわからないが、不意にそう言った伊織と共にベラは訓練場へと戻ることにした。

(……)

 伊織とニルヴァーレは二人とも何らかのリスクを背負って指導に当たっている。

 恐らくそのリスクはニルヴァーレの方が大きいのだろうが、もし伊織が口にしていたことが何の比喩でもないのだとしたら、自分のせいで親しい誰かが死ぬかもしれないというのもリスクに違いない。

 疑って申し訳ない、みみっちいことしちゃった、悔しい、そんな気持ちの中に真っ直ぐな彼らへの嫉妬のようなものを少々混じらせ歩きながら、ベラはまだ自分も『頑張る』スタートラインに立てるだろうかと――そんなことを考える。


 訓練場に辿り着くと伊織はヨルシャミの元に向かおうとし、しかし途中で足を止めてベラを振り返った。

「じゃあお互い頑張りましょうね、ベラシェーライラティカさん!」

「……え、名前……」

「あっ、メンバーをランイヴァルさんに聞いた時に覚えたんです……けど、間違ってました?」

 慌てる伊織を見てベラは首を横に振る。

 母国では珍しくない名前だったが、王都に来て間違えずに一発で呼ばれたのは初めてに近かった。伊織の名前から察するに彼にとっても慣れ親しんだ発音の名前ではないだろう。

 ベラは一瞬自分の足元を見てから笑みを浮かべて言った。

「……ありがとうございます、ベラでいいですよ」



 笑顔で頷く伊織を見送り、持ち場に戻ったところで同僚が小声で話しかけてきた。

「先生を追ってったんでしょ? 何か弱点は見つかったの?」

「そ、そんなバレバレだった?」

 ベラの反応を初めから見てたからこそよ、と同僚は言う。何でも目を皿のようにして弱点や落ち度探しをしていたのだという。同僚は憑依魔法なんて信じられないからだろう、と思ってくれていたようだが、実際はもう少し幼稚な理由である。

 ベラは「弱点はもういいの」と小さな声で返すと、それを覆い隠すように大きく伸びをして言った。


「さあ! 続きも頑張るわよ!」


 ――きっとマッシヴ様の息子はへなちょこだと言って間接的に母に勝ち誇るより、自分が立派になって母のいない間に王都を守り続けてあげたわよと直接言う方が良い。

 こんな考え方をまだできたんだなと不思議な気持ちになりながら、ベラは魔力操作の最適化訓練へと戻っていった。


     ***


 騎士団員をひとりひとり指導している様子を右目で見ながら、伊織はふと気づいたことを口にした。

 これが聞こえているのはニルヴァーレのみのため、自ずと彼へ投げかけた言葉になる。

「そういや赤紫の瞳って多いんですか?」

「ん? ああ、人間ではポピュラーな色だね」

 次の生徒の元へと移動しながらニルヴァーレが答えた。

 この場にいる騎士団員にもちらほらと赤紫色の瞳をした者がいる。それを見ていて思ったのだ。


「そっか……じゃあオルバートを調べるヒントにはならないってことか……」


 そして、これも思ったことのひとつだ。

 奇抜な髪色や目の色を気にしていたのは目覚めてからしばらくの間だけで、ここしばらくは気にしていなかった。だというのにオルバートを見てからつい目につくようになったのだ。

(それだけインパクトがあったのかな……)

 自分とそう変わらない外見年齢の子供が首魁で、と伊織は思う。

「なるほど、目だけでなく銀髪もさほど珍しくはないからなぁ……」

「ニルヴァーレさんは、その……」

「何だい」

「……オルバートとバルドは似てるって思いますか」

 ニルヴァーレはオルバートを知っている。そしてバルドのことも自分より長く接していたのだから知っているだろう。そう思い伊織は訊ねた。

 ニルヴァーレは少し考えるような仕草をしてから言う。

「たしかに外見はね。けど言われるまでピンとこない程度には内面が違いすぎた」

「内面が?」

「オルバートはね、普段はほとんど表情に強い感情を乗せないんだ。まあ絶対にってわけじゃないだろうが。それに自分が欲した情報のためなら何だってする。冷徹というより痛めるべき心があるか疑わしい、といったところか」

 まあ僕が言えたことじゃないけど! とニルヴァーレは笑った。

「なんにせよ、どれもこれもあいつ……バルドとは大違いだろう?」

「は、はい」

「二人に何か関係があったとしても、イオリは今まで通り接してやればいい」

 できるだろうと問われ、伊織は自分でも驚くほど「はい」と即答した。

 その様子を満足げに感じ取りながら、ニルヴァーレは伊織に伝わらないように考える。


(しかしそのバルドの内面が借り物のように感じるのは記憶喪失故かな、……それに加えて)


 お手本にしたい相手でもいたんだろうか。

 そう考えたところで伊織に「どうしました?」と問われてニルヴァーレは何でもない様子を装う。

「いや、オルバートのこともそんなに気になるなら、自分の肉体さえあればいくらでも観察してきてあげられたのになぁと思ってさ!」

「それ絶対に引き留めますからね……!」

「まだ僕が君たちに与みしてるって知られてないだろうから大丈夫だよ?」

 それでも危ないからだめです、と言う伊織にニルヴァーレは僕にまで過保護すぎるぞと笑った。


     ***


 ヨルシャミはちらりと伊織に憑依したニルヴァーレを見遣った。

 ニルヴァーレは伊織の声が聞こえているのか時折密かに会話していたが、ヨルシャミは伊織の声を聞くことができない。

 それを少しもどかしく思いつつ、ニルヴァーレはニルヴァーレで大きなリスクを負っているのだからこれくらいはいいだろうと自分に言い聞かせた。

 しかしこうも話し込まれると気になって仕方ないのも事実である。


「……こら二人とも、指導にもっと身を入――」

「ヨルシャミ!! イオリ!! ここに居たかッ!!」


 少し強引に声をかけようとしたところで、真後ろから更に強引且つ大きく圧のある声をかけられてヨルシャミはつんのめった。

「わ、わ、わけはわかっているがもう少しセーブしろ! 怪我の原因がお前の大声になるところであったぞ!」

 そうたしなめながら振り返った先に立っていたのはナスカテスラだった。

 見ればまだ数メートルは距離がある。それで尚このインパクト、生物兵器になれるのではないかとヨルシャミは半眼になった。

 騎士団員たちは一旦訓練を中断し「ナスカテスラ様だ」「生で見たの初めてかも」「こないだ街に下りてきてたよな?」「私回復魔法を使ってもらったことある!」などとざわめいている。普段は王宮内に住み着いているためそれなりにレアな存在のようだ。

「それでどうした、……まさか何かわかったのか?」

「そのまさかだよ! まあまだ他にもやらなきゃいけないことがあるんだが、一つの事実が確定した!」

 イオリ! とナスカテスラは腕組みして立っている伊織を――正確にはニルヴァーレの憑依した伊織を指さして言った。


「俺様と一緒だ! 君は――呪われているぞ!!」

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