第304話 二人きりでいいのだろうか?

「――というわけで、これが夢路魔法の世界で討論し実験し纏めたもの……を更に起きてから書き写したものだ」


 アイズザーラに許可を貰いに行く前にナスカテスラの元へ寄ったヨルシャミは厚い紙束を手渡して言った。

 ナスカテスラはそれをまじまじと見る。

「夢路魔法……話には聞いてたけど至極便利そうだね! 時間を気にせず実験し放題じゃないか?」

「それがそうでもない。自分が現実世界で得た情報がしっかりしていなくてはシミュレーションした実験結果も不確か故な。それに……ふふふ、私のように細かな再現と時間操作を行なえるようになるまでそれなりにかかるぞ」

 そのぶん返ってくるものも大きいが、とヨルシャミはやや自慢げに言ってから紙束を捲った。

「それはさておき、明らかな矛盾点が出た部分の再現実験もしたのだが……やはりおかしいな。あとこれを見ろ」

 ヨルシャミは捲った紙束の一点を指す。


「シミュレーションだがイオリに直接回復魔法をかけた際の挙動だ。脳に異常があるならば最大出力の回復魔法を一点集中でかけてみてはどうか、と思い影響を及ぼしていると思しき部位を絞って一ヶ所ずつ順に試してみたのだが――」

「……これ、効いてるね?」

「そう、効いているのだ」


 強すぎる魂に回復魔法の素となる魔力が焼き尽くされるのならば、それと同等か一瞬でも上回る出力で回復魔法をかけてはどうか、という力づくの実験だ。

 夢路魔法内のシミュレーションだが、夢の中の伊織の魂も本体と繋がっているため現実世界でかけた時と同じ挙動を見せる。代わりに夢の中で再現された伊織の肉体は本体とは独立した、しかし足先から頭の天辺まで本物と寸分違わないものだ。

 現実なら即倒れていてもおかしくない出力の回復魔法をかけた結果、魂はやはり魔力を焼いたが、その一部は無事体内で回復という事象に変化して異変の起こっている部位を癒した。

 やはり脳の一部は壊れていたわけだが――これが現実世界でとなると矛盾が出る。

 ナスカテスラたちが行なった検査の中には『伊織に回復魔法をかけたらどうなるか』というものも含まれており、その際回復魔法はナスカテスラの最大出力でも効かないだろう、という結果が出ていたのだ。しかし別の検査法で見ると異常部位は癒せると出る。

 後者の検査法は実際にかけてみたらどうなるかというものではなく、伊織の細やかなデータを参考にした魔法による全自動シミュレートのようなものだ。


「どちらもそれなりに信頼できる検査法だ。いくら規格外の伊織が対象でもブレすぎている。……私たちも最終的にこの疑惑に辿り着いたのだが、何か別の力が働いているのではないか?」


 じっとナスカテスラを見上げてヨルシャミは言う。

 ナスカテスラは目を眇めると資料をぱらぱらと捲った。

「なるほど……その可能性は大いにある! 少しアプローチを変えてみようか! ところで――」

 メガネを人差し指で押し上げつつ、ナスカテスラは首を傾げて問う。

「さっきから言ってる討論の相手、そして「私たち」と複数形にしている相手は誰だ? さすがにイオリじゃないだろう?」

 ああ、とヨルシャミは洗ったナスカテスラの上着を部屋の中に戻しながら言った。

「そのうち特殊な形で会うかもしれないが――優秀な変態だ」

「優秀な変態!」

 ナスカテスラは目をまん丸にし、それは愉快な人だねと肩を揺らして笑った。


     ***


 空飛ぶ獅子の姿で各地の空に現れた魔獣。

 ランイヴァルが纏めた資料の内、特に気になる三ヶ所の魔獣に数えられていた対象である。そしてその三ヶ所に含まれる最後の一体でもあった。


 位置の把握は難しかったものの、最後の目撃情報があった土地で運良く新たな証言を得ることができた静夏、ミュゲイラ、リータ、サルサムの四人は地域を更に絞って獅子の魔獣を探した。

 場所がはっきりとわかっている魔獣より、移動する魔獣の方が時間を食う。そのため日を跨ぐことになるだろう――と覚悟した矢先。

 好戦的な魔獣だったのか、強者たる静夏の気配を感じ取りあちら側から姿を現したのである。

 飛び回っていたのも強い者を探してのことだったのではないか。

 ミュゲイラは「姉御の筋肉の波動に惹かれて来たんだな!」と言っていたがあながち間違いでもないかもしれない、と思いかけていや筋肉の波動って何だ筋肉の波動って、とサルサムは頭を横に振る。

 死闘というにはあまりにも短い時間だった。

 しかし草原に開いた数々の穴、砕かれた岩といった光景はまさに死闘という単語が似合う有様である。


「いやー、随分早く終わっちゃったな! これ観光して帰ってもいいんじゃね?」


 背伸びしながらそう言うミュゲイラにサルサムは半眼になった。

「さっさと帰って別の案件に向かった方がいいだろ、三件以外にも色々と――」

「いや、サルサムよ。私は荒らしたこの土地を戻してから帰ろうと思っている。ただ私一人で事足りる故、三人は羽根を伸ばしてくるといい」

 静夏は砕いてしまった岩の破片を道の外へ避けながら言う。

 草原といっても近くの村や街に続く道が簡易ながら敷かれていた。つまり通行者がいる土地なのだ、荒らしたまま帰るのはしのびない、と静夏は眉を下げる。

「日暮れまでには終わる。それまでゆっくりしてくれ」

「でも姉御が休めないんじゃ……」

「ふふ、王都は実家のようなものだ。帰っている間は羽根を伸ばしているも同然、心配することはない」

 そう言って静夏はミュゲイラの頭をぽんぽんと撫で、嬉しそうにしつつミュゲイラは「そういうことなら」と引き下がった。



 ――後片付けは静夏に任せ、近くのシェッテルパウントという街に赴いた三人は賑わう街中を見回す。

「前に魔石採取で近場まで来たことがあるが、たしか宝石の売り買いが盛んな街だったな……今も変わらないらしい」

 近くに多種多様な原石が採れる山が点在しているのだ。いくつかは魔石の採取地とも被っており、前に赴いた時はバルドが石についた原石を持ってきたが「加工費の方が高くつく」と返してくるよう言ったことがある。

(あの時は捨て犬を戻しに行く子供みたいな顔してたな……)

 そう思い返しているとミュゲイラが「そうだ!」と手を叩いた。

「あたしら昼飯まだじゃん、姉御に何か買って持ってこう!」

「それなら私たちも一緒に選んで……あっ」

 リータは言いかけた言葉を引っ込めてこくこくと頷く。

「行き帰りはお姉ちゃんの方が早そうだし、代表して行ってもらってもいい?」

「リータさんもなかなかの健脚じゃ……」

 そう言いかけたサルサムだったが、物凄い勢いでリータの視線が飛んできて口を閉じた。

「筋肉にいいものならお姉ちゃんの方がよく知ってるでしょ?」

「んあ? おう、もっちろん! わかった、それじゃあたしが選んで持ってくな。リータたちも何か美味いもん食っとけよ!」

 親指を立てて去っていくミュゲイラを見送り、振っていた手を下げたリータはふうと一息つく。


「……すみません、睨んじゃって」

「ああいや、べつに睨まれたとは思ってないから大丈夫だ。……姉への気遣いか?」

「はい、昨晩帰ってきたお姉ちゃんに聞いたんですけど、マッシヴ様がお姉ちゃんやバルドさんとの関係とちゃんと向き合ってくれることになったみたいで」

「あぁ、なるほどな。しかし二人同時とは聖女は大丈夫なのか……」


 朴念仁というほどでもないが恋愛を得意としているようにも見えない。

 自分が心配することじゃないだろうが、とサルサムは思考を打ち切りつつリータを見下ろす。

「じゃあリータさん、俺たちは適当にその辺を見て回ってメシでも食うか」

「はい! どこかオススメのお店ってありますか?」

「前に来た時は携帯食料の調達しかしなかったんだ、まあ店も色々あるみたいだしフィーリングで決め……、……」

「どうしました?」

 サルサムは「いや」と軽く首を振って歩き始めた。


 二人きりでいいのだろうか?


 そんな疑問が過って言葉を止めたのだが、気にしすぎなければどうということはない。現にリータは何も問題視していないのだから。

 サルサムはそう考えながら足を進めたものの、今度はどうやっても思考を打ち切ることはできなかったのだった。

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