第296話 カミングアウトの時間・アフター
ゴーストスライムがすべて片付き、街中に一匹も残っていないと確定したのは夕方になってからのこと。
ようやくすべて終わった。
そうわかった瞬間、喜び勇んだ騎士団の面々に突如胴上げされた伊織は目を丸くした。
見れば他の仲間たちも同じように胴上げされている。
「あんたたちが居てくれて助かった!」
「良い戦いっぷりだったぞ、インナーマッシヴ様!」
「インナーマッシヴ様万歳!」
「なんで!? だからなんで行く先々で定着してんのその呼び方!?」
伊織は飛び跳ねる視界にあたふたしつつ、もう何度耳にしたかわからない自分の二つ名に叫んだ。
十数人がかりで胴上げされながら静夏が朗らかに笑って言う。
「懐かしいな、私の時もそうだった」
「その情報は知りたくなかった!」
まぁある意味合ってるからいいんじゃないか、とバルドが放り投げられた空中で回転してみせつつ笑う。ファンサービスらしい。
バルドも自分がそう呼ばれたら絶対定着を回避しようとするだろと伊織は半眼になったが、それを口にする前に今までで一番高く放り上げられておかしな声が出た。
それを遠巻きに見ながら、先ほど合流したメルキアトラが肩を揺らす。
「今胴上げしてるのが王族だって知らないからこそ出来ることだな」
「ははは! たまたま通りかかった聖女一行、ということになっているのだから仕方ない」
「……ところでシエルギータ」
メルキアトラは弟をちらりと見て口を開いた。
「なんで半裸なんだ?」
シエルギータは彫像のような整った上半身を晒し、ようやっと上がっていた息が整ったといった様子だ。
王族故の品と鍛えられた容姿に誤魔化されているが、この場にそぐわない服装であることは明白である。問われたシエルギータは照れ笑いを浮かべて頬を掻いた。
「ああ、久しぶりの戦闘が楽しくてつい……」
「ついで脱ぐな」
父様たちに見つかる前にちゃんと着直しておけよ、と言う兄に頷きつつシエルギータは「そういえば」と手を叩く。
「今日初めて対等な立場での共闘を体験したんだ!」
「お前と?」
珍しいな、とメルキアトラは思う。
王都の筋肉信仰は比較的広く浅い広がり方をしており、筋肉を聖衣として尊んだりはしない。故にシエルギータよりも肉体や魔法に秀でた者はいる。それでも肩を並べて――対等な立場で共闘する機会が少ないのは、ひとえに身分のせいだ。
騎士団の者ならどうしても王族を守ったりサポートしようと動いてしまう。
なら一体誰だろう。もしかして姉や甥だろうか。それとも初めから王族に物怖じしていなかった超賢者なる者か。
そう思いながら誰なんだと問うと、シエルギータは目を細めて笑いながら指をさした。
「――あのオレンジ色の髪をしたフォレストエルフだ」
***
王宮に帰還する頃には日も暮れ暗くなり始めており、ひとまず食事や手当てを済ませた面々は伊織とヨルシャミの話を聞くべく一室――今回はヨルシャミにあてがわれた部屋に集まっていた。
ヨルシャミはこの部屋をほとんど使っていないため、他の部屋よりも大分生活感が薄い。
そんな部屋に各部屋から持ち寄ったイスに皆を座らせ、どこか心許ない顔で並び立った伊織とヨルシャミは自分たちの関係について再び説明した。
一言ではっきりと言い現わすなら関係の名称は恋仲であり、そしてそれはきちんと二人で意思確認をした上であること。
種族差、年齢差、本来の性別の件、その他すべて明かせるものに関しては互いに許容していること。
配慮もあるものの仲間に黙っていたのは大部分が気持ちの問題であること。
それらを話した上で黙っていたことを不義理が過ぎたと謝り、二人は些か謝罪するには赤すぎる顔で頭を下げた。
その肩を立ち上がった静夏が叩く。
「二人とも、これは謝ることではない。顔を上げてくれ」
「母さん、でも……」
「私は祝うべきことだと認識している。ここは笑った顔を見せてくれ。それに……」
静夏は少し逡巡した後、はにかみながら言った。
「……私も織人さんと交際を始めた頃はなかなか言い出せなかった」
「そ、それは実家と折り合いが悪かったからじゃ……?」
「織人さん側の家族は別だ。しかし気恥ずかしさと不安が勝ってな。……それがわかるからこそ、どれだけ時間が経っていようとこうして話してくれたことが嬉しい」
そう言って二人ごと抱き締める静夏の腕の中でヨルシャミがもごもごと言う。
「シ、シズカよ、ひとまず旅の目標第一に行動するつもりだが、その、イオリとのことはきちんと責任を持つ故、安心してもらいたい」
「わかった。……で、式はいつにする?」
「早いわ!! 広場の時から早すぎるわ!!」
腕の中から逃げ出しつつ両耳をばたつかせるヨルシャミを見てリータがくすくすと笑った。
それに気がついたヨルシャミが珍しくこれでもかと眉をハの字にする。
「リータもすまなかったな……あれだけ応援してくれた頃にはすでに関係は成っていたのだ。しかしどうしても言えなかった……」
「ヨルシャミさん、私も嬉しいんです。だから大丈夫ですよ」
リータはにっこりと笑うとヨルシャミの両手を握った。
「今こうして話してくれて、……」
途中で言葉に詰まった様子を見せ、しかしそれを気取られる前にリータは息継ぎのふりをして言葉を続ける。
「……ありがとうございました。緊張しましたよね? ふふ、耳まで真っ赤ですよ」
「ここここれは生理現象だ、すぐ治まる……!」
あたふたするヨルシャミの前でリータに覆い被さるようにしてミュゲイラが言った。
「あー……その、何にせよめでたいじゃん! 後で王様にケーキとか作ってお祝いしてもらうのもアリじゃね?」
「さすがに恥ずかしすぎるぞそれは!?」
「ほ、報告は後でするつもりだけど、お願いしなくてもやりそうだなぁおじいちゃん……」
伊織はアイズザーラの顔を思い浮かべながら呟く。これは先制で祝い等はいらないことを話しておいた方がいいかもしれない。
そこでずっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたバルドが何か言いたそうに腕をわたわたと動かし、そしてようやく脳が追いついたのか口を開いた。
「ひ……広場で言ってたことを俺は知らないからマジで寝耳に水だったんだが、そうか……二人とも意識してるなーと思って見守ってたけど、知らない内に進んでたんだなー……」
びっくりして色々考えてたことが吹っ飛んだ、とバルドは小声で付け加える。
そして明るい笑みを浮かべて伊織とヨルシャミを交互に見た。
「――何にせよおめでとう、俺は二人を祝福するぞ」
「バルド……、へへ、ありがとう」
ここでようやっと肩の力が抜けた伊織は嬉しそうに笑みを返す。
「イオリ、とりあえず俺はお前たち二人への接し方は今後も変えないつもりだ」
「サルサムさん」
「まあ変えないつもりならわざわざこんな宣言いらないんだろうが、一応な」
サルサムはいつになく妹にじゃれるミュゲイラと困ったように笑いながら姉を引き剥がそうとするリータをちらりと見ながら言った。
「ただ恋人と堂々とコミュニケーションできるからって油断はするなよ」
「ふふん、そこに関しては心配ないぞ。私がしっかりと手綱を――」
「いやイオリより流されそうだろ、ヨルシャミは」
「あ、それあたしも同意」
「すみません、私も……」
「すまん、擁護できないわこれ」
「お前たち私を何だと思ってるのだ!?」
わあわあ騒ぎながら皆に詰め寄るヨルシャミを眺めていた伊織のカバンからウサウミウシがにゅっと顔だけを出す。
何の騒ぎか気になったのかな、と伊織が視線を下げると、ウサウミウシはぴょんっとカバンから飛び出して伊織の首にひっついてぺろぺろと舐め始めた。
瞬間的に命の危機を感じて固まった伊織だったが、すぐにはっとする。
「ええと……ウ、ウサウミウシなりに祝ってくれてる、のかな……?」
ウサウミウシは首元で「ぴぃ」と鳴く。返事なのかどうかはわからないが、伊織はそれを肯定と受け取って表情を崩した。
「お前もありがとうな」
そう呟いてウサウミウシの背中を撫でる。
――心地よさそうに目を細めるウサウミウシが夕飯の気配を察知し、問答無用で部屋の外に飛び出す数秒前のことであった。
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