第289話 賓客、片棒を担ぐ
糧を得たゴーストスライムが分裂する速度は目を見張るものがあった。
伊織たちが駆けつけた頃にはどこを見ても視界内に必ずゴーストスライムが一体存在するような状況で、一般市民を追い回している姿がそこかしこに散見された。
転移魔石で路地裏に飛んだ後、開けた場所へ出たヨルシャミは口角を下げに下げる。
「害虫じみた増え方をしたな!」
「お、音もなく移動してるのが怖いなぁアレ……」
「さっさと退治して混乱を収めるぞ。どれ……それなりに休養をとった故、これくらいなら使えるか」
ヨルシャミは夕日で伸びた己の影に手をかざす。
するとぴくりと動いた影の端が手に引き寄せられ、そのまま引っ張り上げるように手の平に集まった。まるで釣り竿で引っ張られたかのようだ。
ヨルシャミは影を球体のように丸め、それを平たい円盤に似た形に整える。
「――っほ!」
そして端を持つと逃げ惑う人々を追っているゴーストスライム目掛けて投げつけた。
影、という本来は質量のないものがゴーストスライムという幽霊に近しい存在を切り裂き、中の黒い六角形を真っ二つにする。それがコアか本体なのか、ゴーストスライムは一切の動きを止めて溶けるように消えていった。
「ははは! 脆いな、ララコアのネズミの方が戦い甲斐があったぞ!」
「殺傷能力の高いフリスビーだ……!」
「弱そうな喩え方をするでないわ!」
正直な感想を漏らしたバルドを一喝しつつ、ヨルシャミは僅かにふらついた。
戦闘中はニルヴァーレの魔石を入れた巾着を持っているが、橋渡しの力を以てしても闇属性の攻撃魔法を繰り出すと影響があるようだ。万全の状態でもここまで削れるか、とヨルシャミは眉間にしわを寄せる。
「ううむ、闇属性は威力重視の大技ばかり愛用していたからな」
「さっきのあれも大技?」
「その辺の家くらいなら貫通する代物だぞ」
さらりと言ったヨルシャミに伊織は口の端を引き攣らせる。
小手調べにしては威力が高すぎではないだろうか。威力重視の大技ばかり愛用していた、というのは真実のようだ。
「さ、さっきの感じなら少し弱めのものでも効くと思うんだけど……」
ヨルシャミは伊織に頷く。
「他属性も混ぜつつ少し感覚を思い出しながら対応に当たろう。……シズカよ! ゴーストスライムは物理攻撃は効かないが、憑依の瞬間だけは拳による打撃でも入るはずだ。その瞬間を狙え!」
「わかった。そのタイミング以外は避難誘導をする」
まずは広場から、とベンチの設置された広場の各所に散ったゴーストスライムへと近寄る。
多数の対象を射貫けるリータの矢は適性が高く、あっという間に何体ものゴーストスライムを射貫いていった。
不死鳥戦の時のようにヨルシャミが武器に炎を纏わせてみるも、こちらは魔法の威力そのものを付与しているわけではないため、有効打にはなりづらいようだ。不死鳥に効いたのは「魔法由来の炎に弱い」という明確な弱点があったからこそらしい。
しかし先ほどのアドバイスが功を奏し、憑依の瞬間を狙うことで静夏だけでなくサルサムたちも一定の成果を上げていた。
静夏の拳により地面に叩きつけられたゴーストスライムはまるで床にぶちまけたゼリーのように飛び散り、そのまま綺麗さっぱり消えてしまう。
どうやら通常の魔獣と違い、ゴースト系の魔物は死ぬとすぐに消えるらしい。
「他の場所にもいるだろうから広場の対応が終わったら散って対応しなきゃ、って思ったけど……その……」
「これ、もしかしてゴーストスライムの方からここに集まってきてます?」
伊織の言葉を継いだリータがきょろきょろと辺りを見回す。
戦い始めて十数分経っただろうか。一般人は避難し追え、今はゴーストスライムを追ってきた騎士団の人間――主に魔導師と静夏たちが視界に入っている。
――そう、自分たち以外はゴーストスライムを追ってきたのである。それは各地にいたゴーストスライムがわざわざ広場に集まっている可能性を示唆していた。ざわつく皆をよそにゴーストスライムの数は徐々に増えていた。
「上から確認したが、随分不可思議なことになってるね!!」
「ナスカテスラ!」
ヨルシャミたちは屋根の上を見る。
そこから躊躇なく飛び降り、風魔法でふわりと着地したナスカテスラはゴーストスライムたちを指した。
「人間に寄生した個体までこちらに向かっているぞ、あと二十秒ほどで現れるはずだ!」
「それは厄介だな、魔法でも筋力でも中から出さないことには対処できんぞ……いや、しかしゴーストスライムに寄生された者はその辺をふらつくことくらいしかできないのだったか、なら――」
「いや、それがおかしいんだよ!」
ナスカテスラは眉をハの字にする。困っている、というよりは不可解に感じている、という雰囲気だ。
「かなり統率が取れている! しかも観察した感じ、宿主のポテンシャルを最大限に利用しているようだね……! もしかしてこのゴーストスライム、今までのものとは違ってヨルシャミの言う進化した個体だったりしないか?」
「……!」
そうか、とヨルシャミは飛び掛かってきたゴーストスライムを風の鎌で切り裂きながら言った。
「結界を擦り抜けたのは人間の中に入って侵入したこと、そして今までのゴーストスライムと少なからず差異があったことが原因か……!」
「後者は多少の変化なら弾くようにしてあるから、可能性としては前者が高いかな!」
普通、今までのゴーストスライムなら寄生された者は明らかに人間らしい動きをできなくなる。歩くのもカメの方が早いくらいだし、下手をするとその場をぐるぐる回っているだけということもあった。
しかし何らかの理由でゴーストスライムの知能が向上し、知性的な動きをできるようになったのだとしたら――肉の隠れ蓑で身を隠したゴーストスライムを結界が弾けなかった可能性はある。いくら強化していても結界は絶対の守りではないのだ。
「おいおい二人とも、そうこうしてる間にお出ましだぞ!」
バルドが路地を指す。
十五人ほどの老若男女が虚ろな目をして走っていた。普段なら走ることなどできるはずのない宿主の姿を見、ヨルシャミは「本当に厄介だな!」と眉根を寄せる。
そしてそのままヨルシャミはナスカテスラは袖を引いた。
「こうなったら少し荒療治だが一気にやるぞ。ナスカテスラよ、私が極小の針で中にいる奴らのコアを射貫く。肉体にも傷がつく故、お前は即座にそれを治療しろ」
「うわあ、それお国の騎士団だとできない戦法だね!!」
「お前は騎士団ではなく賓客のようなもの、片棒くらい担げるだろう?」
にっと笑うヨルシャミにナスカテスラも歯を覗かせた。
「賓客にそんなことをさせるのは更に危ない気がするが……癒し甲斐がありそうだ、その案乗った!!」
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