第161話 伊織の戦いとセラアニスの戦い

 回復魔法で支援し特攻紛いのことをする。

 それは奇しくも里の守り人が使った戦法と同じであり、そしてヨルシャミが静夏に使った戦法とも似通っていた。


 伊織は羊型魔獣の注意を引き付け、わざと周囲で派手な動きをしながら撹乱する。

 それでも攻撃に用いられる鋼鉄の毛は数本。それが集中するため避けきれないこともあったが、付けられた傷はセラアニスの回復魔法により瞬く間に癒されていった。


(回復魔法が効きにくい僕にもこんなに効果を発揮してる……)


 他の魔法はだめだが、回復魔法に関してだけはヨルシャミに匹敵する腕だということだ。

 これなら、と伊織は鋼鉄の毛の攻撃を掻い潜って考える。

 今の伊織に武器はない。しかし現地調達をすることはできる。加えてこの回復の潤沢さなら、多少のリスクは冒すことになるが撹乱だけでなく弱点を探すこともできるかもしれない。


 背後から支えられているような頼もしさを感じながら伊織はバイクを走らせた。


     ***


 セラアニスは全身が軋むような感覚に小さく呻く。

 一点から全身の血を吸い出されそうになっているようなゾッとする違和感。魔法を発動させているだけでそれは止むことなく、むしろどんどん悪化していた。


 それでもまだ両足で立っていられる。

 どこからか血が流れるということもない。

 ただ頭だけはどこかに打ち付けたような頭痛が常に響いていた。


「……っこれくらいで……!」


 なぜこんな状態になるのかはわからない。

 しかし伊織はセラアニスの回復魔法を信頼し、回復があることを大前提に動いている。

(だから私はそれに応え続けたい)

 彼が好きだからとか、大切だからとか、それらを抜きにしても仲間として応えたかった。


 セラアニスの視界の中で伊織は急な角度で方向転換し、その最中に果物屋の果実に刺さっていたナイフを手に取る。試食用の果物を剥くデモンストレーション用に使われていたものだ。

 伊織に刃物を武器として使う心得はなかったが、何も手にしていないよりはいい。

 セラアニスは彼が再び魔獣に向かっていくのを見て回復魔法の出力を強めた。

 伊織は魔獣に突撃する直前で跳躍し、あろうことか魔獣の真上を身一つで飛び越える。ただの一般人には難しい動きだが――バイクが背中を押したらしい。

 そのバイクは横滑りしながら魔獣の腹の下に入り込むと、反対側に突き抜けることなく腹の下で留まり魔獣の体を浮かせた。ほとんど鋼鉄の毛に埋まっていた四本の足が現れ、そこに毛は生えていないことが見て取れる。


 急所がどこかわからない魔獣。

 ならせめて足を狙って動きを抑えようと考えたのだ。


 着地には誰のサポートもなく、地面に体を打ち付けた伊織は激しくむせ込んだが、それも回復魔法がすぐに癒す。

 魔獣は体が浮き、足が地面に付かなくなったことで身動きが取れず混乱している様子だった。鋼鉄の毛による攻撃の反応速度も悪い。

 しかしこのままずっと続く状態ではないのは明白だった。

 バイクの上で上手く体重移動さえさせられれば転がって逃れることができる。数秒で魔獣もそれに気がつくだろう。

 伊織は地を蹴って魔獣に接近すると、暴れる前足の一本をナイフで切りつけた。


(浅い……!)


 それを見ていたセラアニスは動揺して一歩前に出る。

 魔獣の肉は特別硬いわけではないようだったが、一撃で腱を切るには至らなかった。そもそも果物用のナイフでは役者不足すぎる。

 それでも伊織は慌てず、自ら足にしがみつくと同じ場所を何度も切りつけた。

 体の下に現れた敵に感づいた魔獣は大きく鳴く。その声は羊よりも肉食獣に近い。

 ばちん、と腱が切れたところでついに鋼鉄の毛がうねり伸びて伊織の右手を強かに叩いた。すべてばらばらの方向に曲がった手を魔法が回復させるが、ナイフは弾け飛び遠くへ滑っていく。

 追い打ちをかけるように、そして仕返しだとでもいうように伊織のふくらはぎ目掛けて鋼鉄の毛が飛んで肉ごと骨を打つ。

 先に叫んだのはセラアニスだった。


「イオリさん……! ッ!」


 ガンガンと頭が痛む。

 回復速度が遅くなっているのではないか、という一抹の不安が過った。

 もし、もしもここで自分が倒れて回復魔法が途切れてしまったら伊織はどうなるのだろう。

 意識を無くしても継続する回復魔法もあるが、セラアニスには扱えない。

 もちろん学べば使えるだろうが、その機会も必要もなかったのだ。なにせ大抵の傷は普段通りの回復魔法で癒すことができたのだから。

 回復魔法は使用者自身の傷も癒すことができるが、今セラアニスの身を襲っている異変はそもそもが魔力により引き起こされているもののためほとんど効いていないようだった。

 歪む視界に体がふらつく。必死に耐えているといつの間にか舌を噛んでいた。


 まだ支えたい。

 死なないでほしい。


 そんな思いで耐えていると、不意に――背後に誰かが立っている、そんな気がした。

 振り返る余裕はない。

 しかしその人物は背後から腕を伸ばすと青白くなったセラアニスの手を握って言った。


『この状態でも一度くらいなら手を貸せる』


 ほら、と。

 そう言った声は、セラアニスと同じ声質をしていた。

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