第158話 ふたりのデート

 朝食を済ませ準備をし昼前にデートへ出発、という流れであるため、気になる店をいくつか覗いた後に昼食をとる店を探すのがいいだろうか。

 伊織は隣を歩くセラアニスに視線を向けて訊ねる。

「まだこの街に詳しくなくてどこに行くかノープランなんですが、セラアニスさんは気になるお店とかありますか?」

「気になるお店……あっ、じゃあ、その」

 言い辛そうにしている様子に「どこでも大丈夫ですよ」と促すと、セラアニスはそわそわしながら答えた。


「しゅ、手芸店に行きたいです」

「手芸店?」


 セラアニスはあれから何度も裁縫の練習をしていたが、結果は芳しくない。

 材料は余り布とはいえリータの仕事用の布から拝借するのはそろそろ心苦しくなっていたところだった。

 ならば自分で必要なものを購入しよう、と考えた次第である。


(それにイオリさんと一緒に買いに行ったものなら集中力が更に増すかもしれませんし!)


 ――実際には集中を乱しそうな案件だったが、心の中の声であるためツッコミを入れる者は誰もいない。

 結果、セラアニスの案内のもと手芸店へと足を向けることになったのだった。



 十数分後、街の手芸店にて。

 棚に並んだ様々な布、糸、裁縫道具を見ながら伊織は感想を漏らした。

「おぉー……ここが手芸店ですか、布だけでなく糸も色んな種類があるんですね」

「そうなんです、このミントグリーンの糸とか凄く綺麗ですよ!」

 無事案内できた。

 しかも手芸店を伊織と一緒に見て回れる。

 その事実にわくわくとしながらセラアニスは糸を手に取った。

 ミントグリーンの糸はセラアニスの髪色とはまた違った緑色で、手触りも良さそうだ。聞けば物を縫い付けるよりも刺繍に向いた糸なのだという。


「セラアニスさんも手芸が得意なんですか?」


 今何か作っているのだろうか。

 わくわくした様子を見てそう思い、伊織が問うとセラアニスは両耳をぴんっと上げたまま静止した。

 ややあって「れ、練習中です……!」と少し引っ繰り返った声で答える。


(あっ、これは触れちゃダメな話題だったかも……)

「えっと、あの、巾着を作ろうとしてましてっ!」

(けど続けてくれるんだ……!?)

「イオリさんはお好きな布や糸、このお店にありますか?」


 暗に伊織が気に入った材料で作ってみたいと言っているのだ。

 上手い下手はともかく、セラアニスが楽しく作れるならそれに越したことはない。

 伊織はいくつかの棚を見て回ると、巾着に向いていそうな厚みの布の中から青と緑が使われたストライプ柄のものを選び出した。

 青も緑もパステル系で柔らかい印象が強い。

 自分に合った色ではないが、伊織はこれにしようと決めた。


「ここにさっきのミントグリーンの糸を使ってもらえますか? 敢えて縫った部分を見せる感じで」

「頑張りますっ! ……この色がお好きなんですか?」

「好きというか……うん……好きなのかなぁ。二人いる師匠の目の色なんだ」


 ある意味ニルヴァーレが両方の色を持っているような色合いをしているが、伊織にとってはヨルシャミの緑とニルヴァーレの青だった。

 ヨルシャミは「あのような奴と一緒くたにするな!」と嫌がるかもしれないが、どうせ選ぶならこの二色がいいなと布を見た時に思ったわけだ。

 しかし理由に引かれるだろうか、と焦ってセラアニスを見ると、彼女は目を輝かせて伊織を見ていた。

「イオリさん、お師匠さまが二人もいらっしゃるんですか……!」

 片方は君なんだけどな!

 そう内心でツッコミを入れるも、厳密に言うと別人――だが、更に厳密に言うと同一人物――と思考がループしかけて伊織は「じつはそうなんだ」と答えながらループを断ち切る。


「素晴らしいですね! ふふ、では全力で作らせて頂きますっ!」

「す、凄い意気込みだ……じゃあ楽しみにしてます、セラアニスさん」


 伊織の言葉を聞いてますますやる気を出したセラアニスが「指の一本や二本惜しくありません!」と物騒なことを言い出して伊織が宥める二秒前のことだった。



 手芸店を後にした二人はたまたま見かけた雑貨屋を覗いた後、休憩兼ランチタイムとして噴水広場へと赴いていた。

 ここは昨日伊織が道案内した少女と訪れた場所だ。

 昼食はどこかの店でと思っていたのだが、セラアニスの希望によりこの広場が選ばれたのだった。


 二人が選んだのは甘いバナナジュースと様々な具が挟まったサンドイッチ。

 どちらも近場の店でテイクアウトできる品で、これもセラアニスのリクエストだ。

「美味しそうなバナナジュースだなぁって思ってたので飲めて嬉しいです。あっ、けどリータさんが買ってきてくれたイチゴミルクもとっても美味しかったなぁ……」

「僕も今度買ってみようかな、……というかここに居た頃から尾行してたんですね」

 笑いながら言うとセラアニスはハッとして恐縮した。

「じ、じつはかなり最初の方から。あの、改めてすみませんでした。いくら気になったからってこそこそと追うのはいけないことですもんね……」

「たしかに僕は気にしないけど、うん、他の人にはしない方がいいかもですね。緊急時は仕方ないですけど」

「緊急時?」

「ええと、見つかっちゃいけない相手から情報収集する時……とか」

 なんですかそれ、とセラアニスはくすくすと笑う。

 正確には尾行ではなかったが、バルドとサルサムがまだ敵だった頃に洞窟内で遭遇した時の話だ。やっぱりあの時の記憶もないんだな、と伊織は手に持ったサンドイッチに視線を落とす。


「そういえば……この噴水、前に似たものを見たことありませんか?」

「え?」


 突然のセラアニスからの問いに伊織は目を瞬かせた。

「じつはここを選んだ理由は三つあるんです。一つ目はバナナジュースを飲んでみたかったから。二つ目は……えっと、私もここでイオリさんと座ってみたかった……から。み、三つ目はこの噴水について訊ねたかったからなんです」

 セラアニスはこのような噴水を直接見たことはない。

 だというのに既視感がある。

 そう話しながら彼女はバナナジュースをもう一口飲んでから言った。


「ここへ来た時、前にイオリさんとこういう噴水の近くまで行ったような……そんな気がしました。失った記憶の一部なのかもしれません。その時のことを何か覚えてませんか」


 伊織にとってセラアニスと――ヨルシャミと噴水の取り合わせで思い出すのは、カザトユアでカエル型の魔獣を相手にした時のことだ。

 ヨルシャミの記憶がちゃんと残っている。

 それが無性に嬉しくなり、無意識に笑みを浮かべた伊織を見てセラアニスが照れたように目を逸らす。そんな姿を眺めながら伊織は口を開いた。

「そうですね……じゃあ思い出しながら話すので、前にした約束を守ってもいいですか?」

「約束ですか?」

「目が覚めた時に『私』のことを教えるって言いましたよね」

 セラアニスが自分の過去について知りたがった時のことだ。

 ヨルシャミである部分は伏せるつもりだが、これだけ知りたがっているなら可能な限り伝えたいと伊織は思った。

 ただし、と伊織は少し声のトーンを落とす。


「……今のセラアニスさんと齟齬があったり、それをきっかけに思い出したことで――セラアニスさんの意識が変わってしまうかもしれない。過去を話すのはそんな危険があるって事前に知らせておきます」

「思い出すことが必ずしも私にとって良いこととは限らないってことですか……?」

「そうです。……それでも聞きますか?」


 かなりぼかしてしまったが、何も伝えないまま話すのは良くない気がしたのだ。

 選択させる罪悪感を感じながら答えを待っていると、セラアニスはしばらく考え込んだ後にきゅっと伊織の裾を握って言った。


「……お願いします、私について教えてください!」

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