第103話 ミッケルバードはどこにある?

 食事の後、ヨルシャミに施設と研究員たちの『その後』を伝える。

 その話を足掛かりに伊織は施設で見つけた情報について仲間たちに話した。


 実験体として捕まっていたウサウミウシたちと、その採取地として示されていたミッケルバードという地。

 ナレッジメカニクスが魔石の採取を目的に向かうよう指示していた不死鳥のいる火山。


「ミッケルバードという地名に聞き覚えは?」


 末端も末端とはいえナレッジメカニクスに加担していた人間なら何か知っているのではないか。

 静夏がバルドとサルサムにそう訊ねるも、ふたりは首を横に振った。

「あちこち行ったけど聞き覚えはねぇな~」

「ただ俺たちは転移魔石の魔力節約のために転移する範囲を絞るよう指示されていた。カザトユア辺りを中心とするなら世界の十分の一の範囲、つまり国内ってことだな」

 それでもかなりの範囲だ。

 この世界が地球と同じ惑星型であることは全員把握しているものの、正確な大きさはわからない。

 世界は丸い、という認識はあるが、距離を測ろうという物好きがいなかったためだ。ただしもしかすると転移魔石を作れるほどのナレッジメカニクスの技術者なら把握している可能性もあった。


 世界には大きな国が五つ存在し、その一つが今伊織たちがいる国だ。度々耳にする王都はラキノヴァ、国の名はベレリヤという。

 もちろんたった五つの大国のみで世界が成り立っているわけではない。小国も数多と存在していた。

 未開の地も多く、今のところお互いに存在を認識しているの大国がこの五つというだけだ。それでも広大な世界である。

 バルドたちが転移魔石で行き来していたのはこのベレリヤ国内に限ったことだった。


「とすると他国か……? しかしウサウミウシが初めに召喚されたのはリータらの話を聞くにフォレストエルフの里、ミストガルデの周辺であろう」


 昔は沢山見かけた、というのがリータたちの証言である。

 召喚者が各地でウサウミウシを呼び出し回っていたという可能性もあるが、だからといって他国にまで行くだろうか。

 悩むヨルシャミを見ながら静夏は顎をさすった。

「ふむ……とりあえず現段階では名称だけ覚えておこう。今後行く街々で情報を得られるかもしれない」

「そうだな、じゃあ次の目的地は変わらず火山ってことでいいか?」

 伊織の問いに静夏は頷く。


 紫色の不死鳥が住み、ナレッジメカニクスの行き先でもあるボシノト山。


 指令書が確かならこの火山に魔石の採取地があるのだ。

 ナレッジメカニクスが魔獣に何かするつもりかはわからないが、きっと採取の邪魔になるであろう存在をそっとしておくとは思えなかった。

「あいつらが不死鳥とやらを倒してくれるなら御の字なんだけどなー」

「穏便に倒すより怒らせてとんでもない災害を招く方が簡単に想像できてしまうのが問題だな」

 距離はあるが目的地は火山に定まった。

 無意識に深呼吸した伊織は「あ」と声を発する。


「施設に変な魔法陣があったけど、あれって他のナレッジメカニクスの施設にもあったりするのかな。もしそうなら火山までの道中で寄れる所があるかニルヴァーレさんに訊いてみる?」

「む、それはありうるな。では今夜にでも――」

「ああいや、ヨルシャミが回復しきってからで!」


 ニルヴァーレの魔石があるとはいえ、さすがにここまで消耗した状態で夢路魔法を使ってほしくはない。

 伊織が慌てて制止するとヨルシャミは口先を尖らせた。

「見た目ほど体調は悪くはないのだぞ。特に今回は目にダメージが集中した故、他はそろそろ回復しきる。相性の悪い回復魔法を他人に……お前にかけられる余裕が出来るのはもう少し後になるが」

 ちらりと移した視線の先にあったのは、未だに包帯を巻いたままの伊織の肩だ。

 服を着ている上、目のこともありはっきりと見えなくとも怪我をしているのはわかるらしい。


 血はすでに出ておらず、あれから水で清めて清潔な包帯を巻き直したが動かすと痛い。それでもサルサムの持っていた痛み止めの薬が効いたのか安静にしていれば大分ましだった。

 その視線に気がついたリータが言う。


「……ヨルシャミさんがイオリさんの傷を心配するように、イオリさんもヨルシャミさんが心配なんですよ」

「ぬう……」

「私だって心配です。今は二人とも休みましょう、他の施設だって今すぐ向かえる場所にあるわけじゃないでしょうし」


 じっ、とリータに見つめられてヨルシャミはたじろぐ。

 そのまま代わりにというようにサルサムを見た。

「お前たちも施設の場所は知らないのだな?」

「拠点はニルヴァーレの住処だったし、施設に用もなかったからな。要所要所に研究施設がある、何かデカい事件があった、って話くらいは入ってくるが自分たちから赴いたことはない」

「……よし、そういうことならば……移動はしつつも体を休めよう。夢路魔法の使用は体力が回復し次第。その時点で目が回復しきっていなくとも条件を満たしていれば行なうが、いいか?」」

 それでもまだ心配ではあったが、伊織はゆっくりと頷いた。


 そこへ静夏とミュゲイラが毛布を手に笑いかける。

「そうと決まったならば今夜はもう寝よう」

「施設跡から離れたっつっても追っ手があるかもしれないから見張りは立てるけどな。ただしヨルシャミとイオリは免除だ!」

「えっ、でも……」

 ミュゲイラはバサッと伊織の頭に毛布を被せた。


「心配してんのはあたしらもなんだ」


 本心からの言葉。

 それが心に沁みるほどよくわかり、伊織は手元に引き寄せた毛布をぎゅっと握る。

「……はい、わかりました。しっかり休ませてもらいます」

「それでヨシ!」

 ミュゲイラはそう満足げに笑い、その隣で静夏もどこか安堵したように微笑んだ。

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