第100話 好きな者同士
「ふむ? その声は……」
「サルサムだ。すまないな、なかなか直接話せなくて」
ああ、と得心がいったようにヨルシャミは頷いた。
「研究員たちの対処を任せるのはいいが、どうするつもりだ? 言っておくが殺すのは無しだ、シズカらも望まぬこと故な」
「集団で襲われたが雷に打たれて全員意識が混濁、一部は記憶も失ってしまった……っと近場の街に突き出す」
サルサムの話を聞いていた伊織もさすがに首を傾げる。
「そ、そんなの信じてもらえますかね? それにこれだけの人数を運ぶのは大変じゃ」
「イオリ、俺は冴えない人生を送ってきたが……こういうのは得意なんだよ」
サルサムが今まで見たこともないような悪役じみた笑みを見せたので、伊織は思わず半歩引いてしまった。
そういえば鏡を売る駆け引きにも自信があるようだった。
もしかするとそういったやり取りに長けているのかもしれない。
そう思っているとサルサムはバルドを見遣って言った。
「貸しも出来たしな……手の内を見せようと思う」
「あー、いいんじゃねぇの。俺は特に困らねぇしな」
「少しは困れよ……!」
言いながらサルサムは自分の荷物の中から石を――魔石を取り出す。これはニルヴァーレの言っていた人工の転移魔石ではないだろうか。
伊織はそうピンときたが、それを敢えて隠していたであろうサルサムたちが自分の口で言うのを待った。
「……ナレッジメカニクスが作った人工転移魔石だ。これだけの人数を飛ばすには少し魔力を足してもらう必要があるが、これで街まで連れていけるなら安いものだと思わないか」
「魔力充填式か! やれやれ……充填はコツがいるからリータらには任せられんな。わかった、大仕事の前だが私がやってやろう」
サルサムはヨルシャミに近寄り、今まで肌身離さず持っていた魔石を手渡した。
「目的地の書き換えは?」
「俺がやる。それなりに勉強したんでな、それくらいならできる」
「ほう、器用な奴だ。では設定は任せよう、人工の魔石は持っているだけで全身に違和感が駆け巡って集中出来ん」
僅かに脂汗を滲ませつつ魔石に魔力を籠めたヨルシャミはそれをサルサムに返す。
するとサルサムが驚きの声を上げた。
「こんなに……!?」
「大人数なら必要だ。それに……お前たちが帰ってくるのにも必要であろう?」
「……話に聞いていたより大分優しいな」
サルサムは緊張を解いて笑うと、手の平に戻ってきた魔石を握り込んだ。
「なぜお前たちがその魔石を持っている!?」
研究員のひとりが目を剥いて人工の転移魔石を見て言う。
サルサムとバルドも大分間接的ながら元ナレッジメカニクスの一員だと知らないのだから当たり前だ。
そもそもこの転移魔石は幹部クラスが所有し配分するため、直接幹部に関わる者でないと持っていないようである。
「ニルヴァーレのように直接雇った人間にこんなものを分け与えるのは珍しかったのかもしれんな」
「それだけ執着がなかったんだろうなぁ……」
派遣社員に会社名義のクレジットカードを預けているような感じだろうか、と伊織はニルヴァーレの顔を思い浮かべて思った。やりそうだ。
研究員に近寄ったバルドはにやりと笑って言う。
やたらと演技がかったあくどい笑顔だった。
「なんと! 俺たちもナレッジメカニクスでした!」
「なっ……」
「雇い主は死んでるようで生きてるっつーよくわかんねぇことになってるけどな」
「バルド、記憶を封じるからって遊ぶな」
「ナレッジメカニクスに関する記憶を封印する故、どれだけ話しても害はないが……どこで聞かれているかわかったものではないぞ」
サルサムとヨルシャミの両名からたしなめられ、ゲッと声を漏らしたバルドはそそくさと研究員たちから離れる。
そこへ研究員の震えた声が届いた。
「記憶を……封じる……?」
どうやらヨルシャミの声がか細かったせいか、先ほど仲間内で行なっていた相談は耳に入っていなかったらしい。爆発等の影響で耳が遠くなっていた可能性もあるが。
ヨルシャミは重い腰を上げるとふらつきながら縛られた研究員たちに近寄る。
見えないまま歩くのは危なっかしいため、それを伊織が支えた。
「今からお前たちのナレッジメカニクスに関わる記憶を封じる。組織の思想に染まった奴には苦痛であろうな、自分の知識を失うというのは」
「そ、そんな高度な魔法をこの人数に使えるわけが……」
「アホどもめ!」
ヨルシャミは声を張り上げて言うと、片腕を上げて大きな魔法陣を展開した。
煌々と光るそれを見上げて研究員たちは口を半開きにする。
「――我は超賢者ヨルシャミ! この程度の魔法、造作でもないわ!」
「……!? お前、北の施設の――」
そのまま驚愕の表情で固まる研究員らの頭部に光の雨が吸い込まれていく。
表情が驚愕から無表情へ、そこから胡乱なものになり五秒もしない間に全員が同時に昏倒した。
地面に転がる人間たちを見下ろし、そこから半眼になってバルドが言う。
「そっちも余計なこと言ってんじゃん!」
「どうせもう知られている! というか余計ではないわ!」
そう元気よく言い残し、予告通りヨルシャミは再び意識を手放したのだった。
***
施設の処理は静夏が行なったのだが、その方法というのが神がかり的な筋力を活かしに活かして物理的に殴ることで建物を倒壊させるという原始人でも行なわないほどストレートな方法だった。
だが静夏に頼んだ時点ですでに確定していた方法でもあるので、各自唖然としつつも自分のやるべきことに取り掛かる。
まずサルサムは転移魔石を用いて街へ研究員たちを連れていった。
その際小細工用なのか負傷メイクや手荷物の破損を装ったりと細かな準備をし、研究員側にも加害者に見える細工を施していたのを見て、その手慣れた手つきに伊織はサルサムの過去が気になったもののすんでのところで口には出さないようにした。きっと色々あったのだろう、と自分の中で結論づけておく。
バルドはボロを出す可能性があることと、女性もいたほうが効果的だということでリータも同行することになった。
ミュゲイラは妹を心配していたが、きっと大丈夫だろう。
伊織とミュゲイラはヨルシャミを介抱し、バルドは水を汲んできてくれた。
この施設は居住も可能だったため、裏手に井戸があったらしい。そういうところはアナログなままなのか、と伊織は一瞬思ったが、こんな場所に水道管を引く労力より井戸を使う方がコストパフォーマンスが良かったのかもしれない。
(水道からいつでも水が出る、っていうのはやっぱり相当恵まれてたんだな~……)
そう思いつつ伊織はミュゲイラの太腿に頭をのせたヨルシャミの顔を濡らした布で拭く。リータの太腿と違い位置が高くて若干寝苦しそうだ。
布はすぐに真っ赤になってしまった。
その脇に座ったバルドがミュゲイラに声をかける。
「俺さ、あの聖女のこと真面目に好きなんだわ」
伊織は変な声が出そうになるのを堪えた。しかし思いきり手元が狂い、拭っていた頬を滑った布が耳にズボッ! と突っ込んでヨルシャミが呻く。
それをスルーしつつバルドは真剣な声音で続けた。
「そんでもって、お前も同じ気持ちなんだろ?」
「……そうだ。姉御のことは好きだし尊敬してるし目標だからな」
それを聞いてバルドは人好きのする笑みを浮かべる。
「ならお前は同志だ!」
「ど、同志?」
「オウ、だからよ、イイ女だけどお前のことは口説かねぇようにする。お互い同じ女を好きな者同士仲良くしようぜ」
凄いことを言ってきたな、と伊織は口を半開きにしたが「自分が好きだからお前は諦めろ」という思考は伊織も苦手なため、考え方そのものに抵抗感はなかった。
それはミュゲイラも同じだったようで、しばし口籠った後にもごもごとしつつも「……まあ、今はそれでいいぞ」と呟く。
直後、はっとした様子でバルドを見て言った。
「……ん!? つーか「お前のことは」ってなんだ!? 本当に姉御が好きなら他の奴も口説くなよ!?」
「あ~……それはライフワークっていうか何ていうか……」
「オイオイオイオイ……!」
「禁煙みたいなもんなんだよ! 断言できねぇ! でも言いたいことはわかる! 善処する!」
絶妙に信頼できないな、とミュゲイラと伊織の気持ちが完全一致した瞬間だったという。
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