第99話 施設の制圧完了!
「幽霊と勘違いされたが、それを利用して場を撹乱しようと思ってな。スタッフを追い回しひとりずつ確実に捕らえて外に集めておいたんだが……」
ぽつりぽつりと経緯を話し始めた静夏は己の汚れた服を摘まんだ。
「その途中でよくわからない薬をかけられたり手当たり次第に物を投げられたり色々あって汚れてしまった」
「物理的に汚れるのにオバケだと思われてたんだ……」
「いや、最後の方はマッチョが追いかけてくると普通に怯えられたな」
「だよなー……!」
「これだけ身なりが大変なことになっていれば当たり前か」
理由はそれだけではない気がしたが、伊織はあえて口に出さないことにした。
その過程で髪が解け、靴もどこかに落としてきてしまったらしい。そう語りながら静夏はてきぱきと足元の男を縛って抱き上げた。
「恐らくこの男が最後だ。やっと捕まえた」
「白目剥いてますね……」
リータの見上げる先で男がついに失神する。
その光景と反比例してバルドとミュゲイラは目を輝かせていた。
「さっすがマッシヴの姉御……! あたしらが逃げ回ってる間にそこまでしてくれてたなんて!」
「……」
「やっぱイイ女だなぁ、捕まえてる間にあの球体も潰しちまうなんてよ」
「……」
それぞれ眩しいほどきらきらとしているふたりの間に挟まれた伊織は無言だった。
なぜこの位置取りにしたのだろうか。凄まじい居心地の悪さを感じる。
「スタッフを追っている間に纏わりつかれてな、これ以外にも三つ壊しておいた」
静夏が倒したらしい球体の数を見るに、警備システムとして放たれた球体はすべて倒しきったらしい。
「その、母さん、そいつらビームとか撃ってこなかったか?」
「ああ、びっくりして拳圧で弾き返してしまった」
「拳圧やべえ」
ところで、と静夏が伊織を見下ろす。
そのまましゃがむと徐々に変色しつつある血に染まった肩に触れるか触れないかの位置で手の平を止めた。
「……怪我をしたのか」
「ごめん、咄嗟に庇った時にちょっと……でも捨て身だったわけじゃない。単純に見誤ったんだ」
そうか、と短く言った静夏の声音に怒気は含まれていなかった。
安堵している伊織を見つめながら静夏は問う。
「包帯が見えるがひとりではできない手当てだろう、誰がやってくれた?」
「あー……俺だ。雑ですまねぇ、後でもうちっと綺麗に巻き直してくれ、え、えええっ!?」
謙遜したバルドは静夏が自分の両手をぎゅっと握ったのを見て思わず声を上げた。
バルドとしては女性の体に触れることに抵抗はないが、まさか聖女の方から手を握ってくるとは思っていなかったのか目を丸くしながら狼狽する。
そこへ静夏が言葉を重ねた。
「ありがとう、感謝する」
「き……きに、きにすんなよぉ」
「バルド、声が裏返ってるぞ」
相方の気味の悪い反応に若干引きつつ、一歩前に出たサルサムが眉根を寄せて頭を下げた。
「イオリが庇ったのは俺だ。すまない」
「いや、謝ることではない。それは伊織も望んでいないことだろう」
バルドから手を離した静夏は柔らかく笑う。
「伊織が守ろうとした結果が実って良かったと思っている」
「母さん……」
伊織はどこかほっとしながら改めてサルサムを見た。
「あの、本当に気にしないでくださいね。今度は庇うことがあっても怪我しないよう精進するんで……!」
「……ああ、俺も庇われることなんてないように気をつけるよ」
やっとサルサムが体の力を抜いたのを見て、伊織は安堵し母親と同じような笑みを浮かべた。
***
捕まった研究員たちは全員縛られ屋外に座らされていた。
研究内容的に魔導師が混ざっている可能性があり、いくら縛っておいても魔法を使って逃げられる危険もあったが――全員気絶しておりその心配はないようだった。
どんな追われ方をしたんだろう、と伊織は好奇心半分恐怖心半分で思う。
聞き取り調査のため、誰かひとりでも目覚めるのを待つ。その間に再び施設内を確認したが、膨大な人体実験のデータが見つかったくらいだった。
魔力を使う機材は昇降機とは違い、ナレッジメカニクスに登録されている者の魔力でしか使えないようになっているらしく、物は試しとリータが魔力を流してみたが反応はない。
しばらくして数人のスタッフが目覚め、その中には最後に捕まった男も含まれていた。
「魔法陣……? 知らないぞそんなもの」
目覚めてすぐは錯乱していたものの、どうにかこうにか宥めて地下の魔法陣のことを訊ねると、そんな答えが返ってきた。
ミュゲイラは肩をいからせて詰め寄る。
「お前らの研究施設の真下にあったんだぞ、知らないはずがないだろ」
「ほ、本当だ! 部屋があるのはわかっていたが、そこには入らないようきつく言われていた。一部の幹部は出入りしていたが……」
それも用のある者のみだったという。
ニルヴァーレは「用のない者」で、興味もなかったため地下の更に地下を知らなかったのかもしれない。
どうやら球体に命令を飛ばしたのも警備システムを把握していたからではなく、たまたま出会った際に自分を保護対象と判断していたため使っただけで、そもそもあんなものが地下に配備されていたことすら知らなかったらしい。
「やっぱり施設の維持のためだけに居た人たちなんでしょうか……」
「なっなななな何を言う! 私たちはナレッジメカニクスの一員として名誉ある施設勤めを任された――」
「はいはい、どうどう」
ミュゲイラはリータに食ってかかった男の首根っこを掴み上げる。まるで子猫を持ち上げる飼い主のようだった。
「とりあえず施設をどうするかはヨルシャミが目覚めてから決めよう。あとはこのスタッフたちだが……」
静夏がそう言いかけたところで身じろぎする音が重なる。
「――大丈夫だ、今対処しよう」
リータの膝枕で眠っていたヨルシャミが少し枯れた声でそう言った。
「ヨルシャミ! 目覚めてたのか!」
「今しがたな……あー、頭が割れるようだ、これは酷い」
苦悶の表情を浮かべたヨルシャミはずっと目を瞑ったままだった。
目もやられてしまったのだろうか、と心配した伊織だったが、それを問うとヨルシャミはうっすらと笑う。
「睫毛がくっついて離れんのだ」
「ああ、流れた血がそのままだったから……!」
「無理に剥したら抜けちゃいそうですね、どこかに水は……」
いや、今はいい、とヨルシャミは片手を振る。
「どうせまた昏倒予定故な」
「こ、昏倒予定?」
ヨルシャミはスタッフたちの方に頭を向けた。
「見えぬがそっちに研究員を固めてあるのであろう? さっきの様子を鑑みるに奴らは碌な情報を持っていない。……イオリ、そっちは情報収集は出来たか?」
「え、っと。うん、できた。後で纏めて話すよ」
「よし。あとは……あの魔法陣は解析に何日もかかるだろう。しかしその間に騒ぎを嗅ぎつけた本部の者が来るかもしれない。故に施設ごと潰してくれ。これはシズカに任せる」
安心して任せるといい、と静夏はすぐに頷いた。
ヨルシャミはゆっくりと上半身を起こし、その背中をリータが支える。
「ではこれから研究員どもの記憶を封じる」
「ふ、封じる!? 記憶を……!? そんなことできるのか?」
「私は超賢者だぞ、これくらい朝飯前だ! まあ今だと確実に再び倒れるが!」
なぜそれを威張って言うのだろう、と心配なような呆れるような複雑な気分になりながら伊織は口を開閉させた。上手く言葉が出ない。
ヨルシャミは言葉を続ける。
「闇属性の最上位魔法に任意のものを圧縮し闇に屠るものがある。それを使えればよかったのだが……この体の心の臓が止まっても文句は言えないことになるからな、譲歩して封印だ。その後の対処は――」
「俺がやろう」
そう言って片手を上げて歩み出たのは、サルサムだった。
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