第96話 お荷物になること
ミュゲイラはヨルシャミを抱えたまま施設の一階に出ると、再び私室エリアのある方向へと走っていた。
意図してのものではない。存外スピードの早い球体から逃れるため、咄嗟に選んだ道がこちら側だったのだ。
「あいつらしつこいぞ！ なんとか一網打尽に出来ないのか！？」
「見た感じ電気系の魔法なら効きそうだが対策されていそうだな。威力重視ならもしくは……だが、そこまでするなら初めから得意な属性の威力特化でいい」
小脇に抱えられたヨルシャミはそのままの体勢で闇色の細い筒を作り出す。
それは影で出来た筒だった。見れば燭台の光に照らされたヨルシャミの影だけが無くなっている。
――フッ、とそれを鋭く吹く。
すると何も込めていないはずだというのに、まるで吹矢のように筒から針が飛び出した。
これも闇色をしており、光すら反射せず黒い塗料の塊のように球体に向かって飛んでいく。そのまま先頭を飛ぶ球体の中心を貫通した。
球体はしばらく何事もなかったかのように動いていたが、何かとても大切なパーツを射貫かれたのか、突如ふらふらしだしたかと思えば一体だけ廊下の角で曲がりきれずに壁に激突した。
それでもまだ追おうともがくが、すぐにごとりと落ちて死にかけの虫のような不規則な動きをする。
「よし、まずは一体！」
「おー！ やるじゃん！」
「ふふん、影を凝縮したもの故連発は出来んが威力はなかなかのものだろう？」
ついでに魔力の消費もそれなりのものらしく、小さく見えるが威力は巨大火球を作り出すのと似たり寄ったりだと思えば納得の消費だった。
更には弾にした影が再び戻ってくるまでしばらくかかる。インターバルが長い必殺技のようなものだ。
最盛期なら湯水の如く使えたのに敵わん。そう説明すると、ミュゲイラは「必殺技にしちゃ地味だな」と身も蓋もないことを言ったので、ヨルシャミは一段落着いたら脇腹を死ぬほどくすぐってやることに決めた。
「……とりあえず今の一発で影半分。もう半分ある」
追ってきている球体は全部で十体ほど。
残りは他の侵入者を探しに施設内へ散っていったらしい。
少しでも数を減らしてやる、とヨルシャミは再び息を大きく吸って球体を狙った。そのまま鋭く一吹きしたが、しかし――球体が射出したワイヤー製のネットをミュゲイラがジャンプして避けたタイミングと被り、ものの見事に影の針は見当違いの方向へと飛んでいった。
「も、も、もうちょっと優しく避けられんのか！？」
「さすがに無茶ぶりじゃねぇ！？」
「ああ！ うむ！ 無茶ぶりだな！ すまぬ！」
勢い良く謝った瞬間、ヨルシャミの顔の真横をビームが通り過ぎた。
熱源がなくなったというのに空気がぬるい。
「……」
「……なんだあれ」
「どう見ても攻撃であるな」
なんか生け捕りにしたがってるっぽかったのに！？ とミュゲイラは冷や汗を流した。
「――そうか！ 攻撃を受けた上に捕獲の手段を潰された故に殺してから回収することに切り替えたのか！」
「うわぁ！ さすがにあんなのパンチで弾き返せないぞ！！」
多分指が消し飛ぶとミュゲイラは嘆く。
ヨルシャミは呼吸を整えると球体に視線を戻した。
圧縮して潰す魔法も使えそうだが――得意分野の闇魔法である影の針と違い、こちらは消費が激しい。今はニルヴァーレの魔石があるとはいえ、敵の数とこの後何があるかわからないことを考えるとリスキーだ。
（しかしこのままでは逃げきれないのも事実。もし逃げ切れたところでイオリやシズカたちの負担が増すだけだ）
この段階でお荷物になっていいものか。
ヨルシャミは自分が戦力としてそれなりに貴重であると自覚している。難はあるものの、ここで捨てるには勿体ない駒であることも。
だからこそ「まだ早いのでは」という迷いが湧く。
「……ヨルシャミ！」
その時ミュゲイラがヨルシャミの尻を叩いて笑った。
「あたしさ、荷物運びは得意だから好きなだけお荷物になれよ！」
「意図を察してくれるのはありがたいが、もう少し言いようはないのか……！ あとそこはさっきぶつけた場所だ！」
咳払いしつつヨルシャミは首を捻ってミュゲイラを見る。
「……ならばこの上ないほどお荷物になってやろう。覚悟しろ、ミュゲイラ」
「楽しみにしてる！」
不思議な激励をされた気分だった。
ヨルシャミは笑い返しながら対象を見定める。この魔法は視界に入った相手にしか使えない。
呼吸を整えても抱えられているせいで勝手に肺から空気が出ていく。視界もぶれて通路が狭いせいで球体も重なり合っている。じつに、じつに最悪なシチュエーションだ。
しかしそれでもやってみせる。
自分は超賢者なのだから、とヨルシャミは五体の球体が視界に入った瞬間、その五体を一気に手の平サイズへと圧縮した。
圧縮された球体はスクラップの塊のように動かなくなり、見た目からは想像もできないほど重い音をたてて床に落ちる。
同時にヨルシャミは鼻だけでなく自分の目元からも血が流れているのに気がついた。目の毛細血管までダメージを受けたらしい。
（だが即昏倒しないとは……この余裕、さすがニルヴァーレの魔石といったところか）
ならば、とヨルシャミは残りの五体を見据える。
お荷物になる覚悟があるならば、魔力の温存はしなくていい。
落ちた仲間に見向きもせず、今度こそミュゲイラの背を狙って放たれたビーム。それを魔法の障壁で防ぎ、ヨルシャミはわざと勢いの鈍い雷の弾を発射した。
それを避けるために散り散りになった球体たち五体。
よく見えるそれを瞬きする前にぐしゃりと圧縮してやると、それぞれ避けるために向かっていた方向へと鈍い音をさせてぶつかった。
「……！ うおっ、全部やったのか！」
そうミュゲイラが足を止めた瞬間だった。
施設の離れた場所から爆発音がし、建物全体がびりびりと震える。
なんだなんだ、とミュゲイラが慌てていると、ヨルシャミがか細い声で言った。
「意識が飛ぶ……一旦下ろせ……」
「あ、お、おう」
廊下に下ろされたヨルシャミは血だらけの顔を拭って爆発音のした方向を指す。
「……シズカはまだこのエリアにいる可能性はあるが、明確にはわからない。だがあの爆発があった場所ならばイオリかシズカ、どちらかがいるだろう。今は、……ッ、今は、まずは誰かと合流しろ」
「わかった、後は安心して寝とけよ」
ミュゲイラは手短にそう伝えると、ヨルシャミのアドバイスを実行すべく立ち上がった。
そしてぐったりとしているヨルシャミを背中におんぶして爆発音のしたほうへと走り出す。
筋肉質な背に背負われながらヨルシャミは小さく笑う。
「初めからおんぶにしろ、まったく……」
そして、そのまま夢も見ないほどの暗闇へ落ちるようにして意識を失った。
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