第72話 訓練前の伝言と答え
夢の中に降り立つと、そこは普段の図書館ではなく屋外の開けた平野だった。
そこに寝転がって待っていたらしいニルヴァーレが「遅いぞ!」と言いながら起き上がる。
「今回はわりと長く放置してくれたじゃないか、おかげで超が付くほど退屈で仕方がなかった!」
「めちゃくちゃ面倒な彼女みたいなこと言い出した……」
「まあこうして色々準備をして待っていたのだとしたら面倒くさい状態にもなるであろうな、理解はしたくないが」
「辛辣だなふたりとも!」
ニルヴァーレは背中についた土を払うようにマントをばさりと揺らすとだだっ広い平野を指した。
平野は草原で、ロストーネッド周辺のものより平たく障害物が見当たらない。
「ここは東にあるオルオトワ草原という広大な土地だ。大型召喚術の練習にもってこいだから僕の記憶から引っ張り出しておいた」
「ニルヴァーレさんは想像だけでなく記憶からも景色や物を作り出せるんですね」
そうだとも、とニルヴァーレは得意げに頷いた。
本来こういった芸当は夢路魔法の主にしかできないが、今のニルヴァーレは人間ではないため手を加えることができるらしい。
ヨルシャミは別荘を荒らされた気分だ、と言いながらニルヴァーレを白アリに例えていた。さすがに可哀想だったので伊織は同意しなかったが、感覚はわかる。
いつもの図書館は想像と記憶の混合物、この景色は記憶からのもの。あとは毎回ニルヴァーレの服装が違うのも同じ原理だろう。今日は黒い上着にループタイ、赤色のマントといった出で立ちだった。
「ここなら失敗しておかしなものを召喚しても大丈夫だ。まあ夢の中の高等なシミュレーションに過ぎないから、いくら失敗しようが命の危険はないんだけどね」
「命の危険があったら僕、もう数十回は死んでますよね……っと、あの、訓練の前にちょっと」
「ん?」
不思議そうにするニルヴァーレにバルドとサルサムから頼まれた『伝言』を伝える。
するとニルヴァーレは大笑いした。
「まさかこんな状況でそんな日常的な伝言を伝えられるとは思ってなかったよ!」
「ほう、私が双子の話を聞いている間にそんな話をしていたのか」
「まあ僕もちょっと久しぶりに不思議体験をしてる気分になってます……」
では返事の伝言を頼もう、とニルヴァーレは人差し指を立てる。
「私物は好きにしていい。何なら屋敷のものも勝手に使っていいぞ、どうせ今の僕にはどうにも出来ん」
「大切なものとかなかったんですか?」
「大切なものはこの僕だ。もう持ち込んであるから他はそこまで執着してないよ、という感じだな」
やはり極端な人間だ。
そう思いつつも複雑な状況にならなくてよかったと伊織は胸を撫で下ろす。
「まぁ売れば旅の資金になるだろう、特に手鏡は高級品だ。あぁでも目の確かな店で売ってくれ、さすがに二束三文ではもったいないしあいつらにとっても損だ」
「わかりました、伝えておきます」
「よし、では訓練を――うん? そういえば……」
ニルヴァーレは不意に思考を巡らせるとヨルシャミを見て言った。
「あいつらには人工の転移魔石を与えておいたはずだ」
「人工の魔石? お前、やはり噂通りそんなものまで作っていたのか」
「いいや、あれは僕の魔法じゃなくてナレッジメカニクスが独自に作り出したものだよ。生成に様々な知識を用いたものだ。普通転移魔法は才能や血筋に恵まれてなきゃ使えないが、あれは制約を付けることで限定的だがそれを再現している」
改めて恐ろしい組織だな、とヨルシャミは眉根を寄せた。
ニルヴァーレが言うにはそれを使えばすぐに自分の屋敷へ――ヨルシャミの肉体を保管してある場所へ行けるはずだという。
「戻し方がわかっていない現状では向かっても無意味だろうが、一応覚えておくといい」
「奇天烈な縁もあったものだな……。あのふたりの信頼を得られるよう祈っていてくれ、バルドとやらはともかくサルサムのほうは警戒しているようだった。人間のふたりにとって転移魔石は切り札にもなる手放し難い優位性だろう」
伊織もこくりと頷く。
バルドは人慣れした犬のような面があるが、サルサムからは一定の距離感を感じた。だが――人のことをちゃんと見てくれている、と感じたのも事実だ。
きちんと信頼される行動をしていれば協力してくれるかもしれない。
伝言の返事を伝える際に魔石のことはまだ訊かないでおこう、と伊織は決めた。訊くのはある程度信頼を得てからのほうがいい。
「さて、さて、では今度こそ訓練とゆこうではないか。開いた期間分も取り戻さねばな」
ヨルシャミのその言葉を受けて伊織は握り拳を作る。
時間は有限だ。気持ちは切り替えられる時に切り替えてしっかりと訓練に身を入れるべきだろう。
「今度こそオタマジャクシより大きいものを召喚できるように頑張るよ……!」
――しかしその後、ワイバーンを召喚しようとして失敗、なぜか夢の中にも影響を及ぼすタイプのアストラル生命体をうっかり召喚してしまい三人で必死に応戦するはめになったのだった。
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