第60話 サルサム、悪酔いする
「無事にウサウミウシが見つかって良かったけど……イオリ! あんま変な奴についてくなよな、しかもそんなマッシヴの姉御を毒牙にかけようとしてる奴なんてさ!」
「ど、毒牙……」
あの後無事にミュゲイラとヨルシャミとも合流し、一旦宿屋に戻ったのだが――バルドの話を聞いてからミュゲイラはずっとお冠だった。
毒牙といえば毒牙なのだが、恩もあるため伊織は容易に同意することもできず両腕を無意味に彷徨わせる。
「落ち着けミュゲ、特に実害はなかった。むしろウサウミウシ探し協力してくれたんだ、そう無下にするものではない」
「で、でも姉御ォ……」
だが、と静夏は言葉を継ぐ。
「気持ちは嬉しい。私のために怒ってくれてありがとう」
「姉御……!!」
軽く頭をぽんぽんと撫でられたミュゲイラは亜音速で機嫌を直した。この有能な切り替え機能が自分にも欲しいと伊織はいつも思う。
「しかしもし敵討ち狙いだとすると誤解は解いておきたいな」
「それなんだけど……短い間しか一緒にいなかったけど、多分そうじゃないと思う。敵討ち目的で近づきたかったならあの時僕を人質にでも取ったほうが早かっただろうし……」
「たしかにシズカに一番効くのは人質を取ることだな」
ヨルシャミの言葉に伊織は頷く。
静夏は力のコントロールを学んでいる最中だ。精密な使い方もできるようになってきているが、失敗する可能性もまだまだ潰せていない。そんな静夏の攻撃を鈍らせ、更には思考も乱し集中力を奪う『人質を取る』という行動は静夏の弱点と言っても過言ではないほどだった。
「あ、でもナンパ師なのはガチだから信用はしないほうがいいよ」
「イオリの目が真剣だ……」
軟派な要注意人物であるという印象はそのまま根付いているため、この点に関して伊織にフォローする気はさらさらない。
ヨルシャミは荷物からニルヴァーレの魔石を取り出して言う。
「また会おう、などと言っていたからには再び姿を現す可能性があるな。どんな人物なのか後で雇い主に直接訊いてみよう」
ニルヴァーレのことだ、雇った存在のことなど綺麗さっぱり忘れ去っている確率が高い。
バルドとどれほどの期間契約を結んでいたのかはわからないが、魔石化する直前にほんの少しも気にする素振りを見せていなかったくらいである。詳細を覚えているほど思い入れは浅いのではないか、と伊織は思っていた。
しかし訊ける環境にあるなら訊いておいたほうが後顧の憂いがなくなる。
今夜訊ねてみようということになったところで、ベッドに置いてあったカバンの中からぬるりとウサウミウシが這い出てきた。
特に何かしたいわけではなく現在は街中ではなくプライベート空間のためぶらりと出てきただけらしい。
「……僕、ウサウミウシが周りのウサギのモチーフと自分の群れを重ねてるかも、ってそんな想像すらできなかったんだ」
伊織はバルドとの会話を思い返しながらウサウミウシを抱き上げる。
ウサウミウシは相変わらず何を考えているかわからない顔をしていた。
「あんまり気を配れなくてごめんな、ウサウミウシ」
「……今は難しいが、旅が落ち着いたらウサウミウシの群れを探してやろう」
静夏の言葉に伊織は頷く。
当のウサウミウシがどう思っているかはやはりわからない。しかし家族がいたなら、仲間がいたなら、新しくできた仲間として再会させてあげたい。会わせてやりたい。
ひとつ目標が増えたな、と伊織は小さく笑ってウサウミウシの頭を撫でた。
その後、街で集めた魔獣についての情報を総合すると事前に耳にしていた『草原に魔獣が出る』ことの他にその魔獣は鳥型であること、そして最近ロスウサギの盗難が起こっていることがわかった。
盗難は鳥型魔獣の仕業だとされている。誰も現場を見ていないため定かではないが、鳥型なら空から飛来してロスウサギを掴み去っていくことも可能だろう。
明日はロスウサギ農家の人に話を訊いてみよう。
そう決まったところで、伊織はニルヴァーレへの質問といつもの訓練に挑むべく布団へと潜り込んだ。
数分経ち、すうすうと寝息を立て始めた伊織の懐にもぞりと何かが――ウサウミウシが現れる。
ウサウミウシはあれから理解した。この街に溢れる自分に似たものは同じ種族ではないと。
この世界に来てから長い間一緒に暮らしていた群れは今一体どこにいるのだろうか?
気にはなったが、生まれてこのかた害される脅威が少なくのんびりと生きてきたウサウミウシは状況を理解したからには多少のことでは焦らない。無駄に寂しがらない。きっとその内会えるだろう、と楽天家を極めたような思考で引き続きのんびりと生きる。
この点に関しては伊織たちの予想を裏切るゴーマイウェイ生物だった。
とはいえ仲間意識はある。
どうやら伊織が自分のために必死になってくれた、今も自分のことを考えてくれている、ということはわかる。ならば仲間だ。この人間はやはり仲間だ。
ぴい、と小さく鳴いて伊織の腕の中へ収まり、目を閉じて眠り始める。
その行動はテイムの有無に左右されない、ただの仲間としての『当たり前』の行動だった。
***
サルサムは豪快にビールを呷るとジョッキをどんっ! とテーブルの上に置いた。
「これだけ有名な店なのに二時間も迷うってお前の頭の中の方位磁石はヘドロにでもまみれてんのか!? しかも迷ってる間にマッシヴ様一行に接触した!? ナンパもした!? 何やってんだマジで!」
「お前、酒が入るとそういう感じになんのなー……」
「まぁ金を故郷に送り届けるためとはいえ! 短い間とはいえ! お前っていう存在を野放しにした俺にも責任は……あるけどさ……うう……」
「今度はそういう感じか! 緩急ついためんどくせぇ酔い方すんなぁサルサム!」
バルドも同じくらいのアルコールを摂取していたが、こちらはザルに近いためサルサムほど悪酔いはしていない。
日頃のストレスによるものか、はたまた家族に一度会ってからけじめをつけて自由に生きようと決めたからか、サルサムは一瞬で酔うと次から次へと酒を呷っていた。
こういう場合は連れが適度に止めるべきなのだが、バルドにそういう機能はない。
「まあ良い感じに縁も繋げたし俺としちゃ万々歳だったなぁ、下手すっとあのまま残党として潰されてたかもしんねーけど」
「どの辺が良い感じなんだよそれ」
「惚れた女を間近で見れて声までかけれた! 良い感じだ!」
ぼうっとした目でバルドを見つつ、それを更に半眼にしたサルサムは疑問をひとつ口にした。
「で? その惚れた女の名前くらいは訊けたのか」
ニルヴァーレとの戦闘中に会話は時折耳に届いていたが、名前まではわからなかった。わかるのは彼女が聖女マッシヴ様ということくらいだ。
「名前」
「そう、名前」
「……」
バルドは腕組みをし、しばし目を瞑ったかと思うとキリッとした顔で言った。
「息子のほうは覚えた! 伊織だ!」
「なんでそっちなんだよ!?」
サルサムがツッコミと共に置いたビールジョッキにより、今度はナッツが元気に跳んだという。
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