第41話 似たもの母子
ヨルシャミが目覚めてから二日目経った。
ようやくふらつきながらも立ち上がれるようになったが、やはり肉体と脳に齟齬がある中で無理やり逆探知を相殺したのはヨルシャミ本人の予想以上に堪えたようだった。
そもそも使ったことのない魔法を即興で編み出したのだから仕方がない、と本人はとんでもないことを言っていた。天才が無謀なことを行なうとこんなことになるのだ。
そんなヨルシャミは今日、静夏にこんこんと諭されていた。
「だから言っておるであろう、もう出発しても大丈夫だと!」
「いいや、少なくともあと二日は養生すべきだ」
朝からこの応酬である。
ヨルシャミは早くここから離れたい。
体力の回復も重要視はしていたが、もう十分だと判断したらしい。まだ足りずとも距離を取った先の村なり街なりで休み直せばいいじゃないか、という持論だった。
静夏はまだヨルシャミを休ませたい。
次の休めそうな場所までしばらくかかる。いくらバイクに乗せても、だ。少なくとも一度は野営する必要があり、回復が不十分な体では悪化させるに違いないと踏んでいた。
「私を助けた時だって今より疲弊していたが、恵まれた環境でなくとも回復したではないか」
「結果論に過ぎない。それにあの時はあれが最善だった。……ヨルシャミ、私は前世では体が弱く歩くだけでも疲れ、息が上がり、顔色は悪く……意識の残る最後の数週間など、唇に色すらなく手の平さえ真っ白だった。その頃の私にお前はよく似ている」
「母さん……」
伊織は以前の静夏の様子を思い返す。
力づけようと握った手が記憶にあるより細く、固く、冷たかった記憶。
心は生きることを諦めていないのに体は死のうとしている、ぞっとするほどの温度差。
あの時、伊織より強く死の気配を感じていたのは静夏本人に違いない。
「恐ろしい敵が近づいているかもしれないのはわかる。だが今出て行くのは同じくらい危ない」
「ぐ……」
「本当は一週間でも二週間でも休ませたいが、二日だ。二日我慢してくれ、ヨルシャミよ。もしその間に敵に見つかったならば――」
静夏は両腕を伸ばすとベッドの上のヨルシャミを抱き寄せて背中を優しく撫でた。
逞しいが柔らかさを感じる筋肉に包まれ、体温の伝わる体勢にヨルシャミは目を丸くする。そこへ静夏の優しげな声が届いた。
「――私が守ってみせよう」
それは誓いだった。
何の誤解もなくストレートにヨルシャミへと伝わるほどの、真摯な誓いだった。
不慣れな感情に襲われたヨルシャミは眉を下げる。
「お、お前が強いのはわかっているが、魔法に筋力で対抗するのは相性が……」
「そうやって私たちのことも気にかけていたからこそ急いているんだろう?」
「きっきききき気にかけてなど……っ! ちょっとは! ちょっとはあるがな!」
「そこまで言ったらもっと開き直ればいいのになぁ」
「イオリは黙っておれ!」
そう力の入っていない怒りが飛んでくるも、伊織はどこかほっとしていた。
一度死んで、生まれ直したこの地でできた新しい仲間。それを防げたかもしれない理由で失うのは嫌だ。伊織としても防げる不幸は防ぎたい。
「僕も変な奴が近づいてないか注意して見ておくよ。だからヨルシャミはとにかく今は休んでくれ、もっとしっかり休めば回復も早まるかもしれないだろ?」
「まったくこの母子は! ――わかった……仕方ない。致し方ないことだ。止むを得ない。もう二日だけ休む」
何度も本意ではないという言葉を重ね、ヨルシャミはようやくこくりと頷いた。
それを見た伊織が安堵しながら笑みを浮かべ、ぐっと拳を握ってみせる。
「よし! じゃあもっとゆっくり休めるように……そうだ! ウサウミウシを貸すよ、額にのせるとひんやりして気持ちいいからさ!」
「は!?」
なんだ急に。
そして何だそのウサウミウシの使用方法は。
そうヨルシャミがきょとんとしていると、今度は静夏がまったく同じ仕草をして言った。
「では私は粥を作ろう。今朝宿屋の鶏を絞める手伝いをして肉を少しわけてもらったんだ、トサカもあるぞ」
「トサカ!?」
食用になるのは知っているが、まさか突然それを食べる案が飛び出てくるとは思わなかったのかヨルシャミは目をぱちくりさせる。
しかも聞き間違いでなければ粥に入れる気だ。ヨルシャミはこの長い人生の中でトサカ粥など聞いたこともないし、想像しただけでも見た目がインパクトに溢れすぎている。
いやいや、と伊織が手の平を横に振った。
「母さんは鍋物を爆発させるから女将さんにお願いした方がいいと思う」
「爆発!? まさか神がかり的な料理音痴なのか!?」
無意識に助け舟を期待していたものの、予想の斜め上の発言にヨルシャミは体力不足からではない寒気にぶるりと体を震わせる。
(そうだ、旅の最中も料理担当はもっぱら伊織とリータで、静夏は道具の準備や火おこし、配膳などを担当していたな……)
ミュゲイラとヨルシャミは水の確保や火の後始末担当だった。日によってバラつきはあるが、みんな大体似たり寄ったりな役割りを担っている。
その役割りがあまりにもしっくりきすぎており、ヨルシャミは静夏が包丁を握っていなかったことに今初めて気がついた。
そんなヨルシャミをよそに静夏が少ししょんぼりしながら言う。
「ううむ、では女将にトサカを渡してお願いしようか……」
「そこは譲らないのか!」
ヨルシャミはよろめきながらも肩を怒らせて立ち上がると、静夏と伊織の背中をぐいぐいとドアの方へ押しやった。
「や、休めというなら今はゆっくりさせろ!」
「む」
「うーん、たしかに」
ほら出ていった出ていった、とヨルシャミはふたりが廊下へと出るなりドアを閉める。
そのドアの向こうから「何かあったらちゃんと言うんだぞ」と声が聞こえ、足音が去っていった。
(なんてお節介焼きだ、……まるで私まで家族の一員のようではないか)
ヨルシャミは知識としては知っているものの、世間一般的な『家族』というものが未だによくわからない。
わかっているのにわからない。そんな接し方をされることがむず痒いのだ。
だが全力で拒絶しようという気にならないのはなぜだろうか。それすらよくわからなかった。
「まったく……おかしな方向への張り切り方がそっくりすぎるぞ、お前たちは」
ドアに背中を預け、脱力してその場に座り込みながらヨルシャミは小さく呟いた。
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