第27話 異邦の地でも
「こりゃあ……ヒデェ格好だな……」
静夏、伊織、ヨルシャミ、リータが集まり、そして最後に合流したミュゲイラがそれぞれの姿を見て心からの感想を口にした。
静夏はあの後パンチの威力を強め、ウィスプウィザードを風圧で吹き飛ばし消したのだという。ウィスプウィザードにとっても予想外だっただろう。
そして負傷こそしなかったが討伐後に加わった避難誘導、そして燃え盛る家屋からの住民の救出の結果、全身が煤だらけになっていた。今は黒いマッチョのシルエットに見える。
リータは鳥型になったウィスプウィザードを魔法の矢で射たらしい。
早期段階だったため回復しきっていなかったウィスプウィザードはそれで絶命したが、最後っ屁として火の粉を辺りに振りまいた。
そのほとんどは地上に届くまでに燃え尽きたが、いくつかがリータの服に引火し、虫食いのような穴を開けてしまったのだという。
火傷はないが心は火傷してしまった気がする、と本人は語る。
伊織とヨルシャミも所々に煤が付き、しかもヨルシャミは転んだ時の汚れと鼻血の汚れが相俟って想定以上の酷い目に遭ったように見えた。
実際は本人はさほど自分の状態を気にしておらず、とりあえず鼻が気持ち悪いから水で洗いたいとだけ口にしている。
そしてミュゲイラは手の甲の皮が火傷によりでろでろに捲れていた。しかも両手ともだ。
服も髪も焦げておりヨルシャミを除くと一番酷いのはミュゲイラ本人である、といった様子だった。ヒデェ格好なんてどの口が言うの、とリータが眉間を押さえる。
「いやー、追い詰めたはいいもののどうやって倒すか考えてなくてさー。とりあえず消えるまで両手で殴り続けたんだよ」
「お姉ちゃんって本当に脳みそ筋肉で出来てるんじゃないの!?」
「それはもはや誉め言葉だな!」
「このポジティブ筋肉オバケ!」
罵りつつも敢えてミュゲイラの喜ぶ筋肉という言葉を入れているのだから、リータも本心には心配しかないのだろう。
静夏が煤を払いながら言う。
「討伐と救助の礼をしたい、と先ほど住民たちに言われた。その者たちに治療をお願いしよう」
「あざっす! さっさと治療しないと火傷って結構痛いっすよねー」
「ミュゲ、あまり無茶はするな。美しい手は大切にしてほしい」
傷を避け、静夏が労わるようにミュゲイラの手を撫でた。
本人的には最大級の不意打ちを食らったらしいミュゲイラは「ぴぇ!」と高い謎の声を上げる。
「わっわわわかわわかりました」
「母さんってやっぱり人たらしだ……」
「イオリさんって自覚ないんですね……?」
へ? と伊織はきょとんとするも、リータは笑っているだけだった。
身を清め、火傷や傷の治療を受けた一行は宿屋へと戻った。
ちなみにウサウミウシはあの騒動の中カバンで爆睡しており、安否確認のために開いた時など鼻ちょうちんを出していたくらいだ。防御特化生物の図太さは中々のものである。
「……本人は気にしてないけど、お姉ちゃん傷跡が残らないといいんだけれど」
「回復魔法も今は消耗が激しくて使えぬが、本調子になったら私がきちんと治してやる。今は場繋ぎの治療だと思っておくといい」
「……! ヨルシャミさんありがとうございます……っ!」
「ぬあぁ! やめろ抱きつくな! 傷を姉本人より気にしていたのかこのシスコンめ!」
感激したリータはヨルシャミの本来の性別すら気にならなかったらしい。
騒ぐふたりを笑って眺め、伊織は手の平にのった鍵に視線を落とす。
バイクのキー。
夢の中で握った時そのままだ。
事が収まった後、伊織が念じるとバイクはキーだけを残して跡形もなく消えてしまった。
しかしこの手にあるキーを再びさせば現れる、と頭が理解している。
「それは契約の証だ」
どうにかこうにかリータから逃れたヨルシャミが言った。
「契約の証?」
「ああ、本来は呼び出したものは自動的にテイムされ、還せばそれは途切れる。しかしあの奇妙な馬……馬?」
「バイク」
「バイク。バイクとやらはよほどお前が気に入っていたのだろう、自分のほうから契約の証を渡してテイムよりも強い繋がりを作ったのだよ。普通はここまでしないぞ」
伊織はじんと瞼が熱くなるのを感じた。
愛車はどこからでも駆けつけてくれる相棒になった。それが嬉しくて堪らない。
その愛車の力を借りて、自分も少しは人の役に立てるようになったのだ。バイクと共に人助けをしているようで嬉しかった。
「ヨルシャミ、多分……」
伊織はキーの表面を撫でながら言う。
きっと愛車もあの時破損したのだろう。そして一緒についてきてくれた。
しかし伊織たち人間とは在り方が違うため、物質として存在することはできなかった。
それでも夢の中に現れ、そして――
「多分、僕はもっと以前からコイツと契約していたんだと思う」
夢から目が覚める前に、バイクは自分にキーを預けた。
それが見えるようになっただけだ、という気がする。
「……今一番バイクと深いところで繋がっているのはお前だ、イオリ。そんなお前がそう思うならきっと相違ないのだろう」
ヨルシャミの言葉に納得する。
自分の相棒は、こんな異邦の地でも自分のことを乗せてくれるらしい。
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