第19話 超賢者は二度昏倒する
狩猟小屋を見つけた後、結局それ以外の小屋は見つけられないまま時は過ぎた。
――その翌日、ヨルシャミとの約束の日。
伊織は朝から小屋を見張りながら呼吸を整える。
ここへ逃げ込むヨルシャミがこれから来るかもしれないから、とミュゲイラとリータも小屋の周囲を警戒していた。早く見つけられるならそれに越したことはない。
伊織は小屋の中で待機し、静夏は出入り口の前に立っている。
伊織も外で見張りたかったが、また獣が現れたら下手をするとこちらが助けられる立場になってしまう。それは情けないことこの上ない。
仕方なく室内で待機している間、伊織は再び部屋のあちこちを見た。
(狩猟、っていってもやっぱり銃はないのか……)
飛び道具では弓矢がポピュラーなものだという。
魔法を用いた銃のようなものならあるのでは? と思ったが、どうやら一部の人間とエルフなどの異種族しか魔法を用いることはできないらしい。ベタ村に魔導師がひとりしかいなかったのもそのためだろう。
(むしろあそこに魔導師がいたこと自体レアなのかも)
ヨルシャミも自称『超賢者』などという突飛な自己紹介をしていたが、やはり魔導師なのだろうか。
力が強いからと彼女から魔導師に間違えられたことを思い出す。
本当に自分が魔導師だったらどれだけ嬉しかったか。もしそうなら母親とは違うアピールで人助けができるのだから。
しかし実際には文字通り魂の力が強いだけ。物理以外で攻撃された時にようやく力を発揮することができる受け身な力だ。
使い方をもっとよく知って応用ができればいいんだけれど、と伊織は頬を掻く。
(本当、僕も魔法が使えたらいいのになぁ。皆をサポートするとかそういうやつでもいいのに。……あ、ミュゲイラさんの持ってた魔石って僕でも使えるのか後で聞いてみよう。もし使えるなら暗い夜道を照らしたり目眩ましに使えるかも。そうそう、例えばああいう光みたいな――へっ!?)
部屋の中央に突如現れた眩い光を見て伊織はぎょっとした。
ついさっきまでこんなものはなかった。本当に瞬きをひとつしている間に現れたのだ。
光の中は真っ白だったが、その白にぱきりっとヒビが走り、そのヒビがあっという間に広がっていく。
これが一体何なのかわからず伊織は呆然としたまま見つめていた。静夏たちに急いで声をかけるのが得策だというのはわかっているのだが、つい先ほどの経験から目を離した瞬間に再び変化しそうで判断が遅れてしまう。
「あっ……」
広がったヒビが左右に割れる。
そこから緑色の髪の毛をした女の子が転がり出てきたのを見て、伊織は慌てて両腕を伸ばして飛び出した。
見事ぼすんっとキャッチしたものの、踏ん張るのに適した体勢ではない。伊織はそのままたたらを踏んで尻もちをつく。
その音に気がついたのか静夏が「どうした!」と小屋に駆け込んできた。
「その子は……」
伊織の腕の中で気絶している少女。
その顔は、伊織が夢で会ったヨルシャミそのものだった。
こんな小屋では埃っぽすぎる。
そこで意識の戻らないヨルシャミを連れて村まで引き返し、寝起きするために整えた廃屋に体を横たえた。ここも掃除しきれていないが小屋よりはましだろう。
ちゃんと目覚めるのか、医者を呼んできたほうがいいだろうかとしばらく四人で話し合ったが、その結論が出る前にヨルシャミは髪と同じ緑の睫毛に彩られた瞼を薄く開いて小さく唸った。
「ここは……」
「あ、えっと、大丈夫? もし飲めるなら水とか――」
上半身を起こしたヨルシャミは目を丸く見開き、ややあって伊織を指さして叫んだ。
「フジイシイオリ……イオリか! 約束を守れたようだな、でかした!!」
「一瞬前まで気絶してたとは思えないくらい声がでかい……!」
「転移魔法で脱出したはいいが予想以上に魔力が体と馴染まなくてな、暴発して気を失っていたのだ。あのまま小屋に放置されていたら衰弱して命を落としていただろう」
そんなにも絶妙なタイミングだったことに驚きと安堵を同時に感じつつ、伊織は彼女を受け止めた時のことを頭の中で反芻する。
「うん、なんとか出てきた瞬間に受け止められてよかった」
出てきた瞬間? とヨルシャミは怪訝そうな顔をした。
「お前、私を受け止めた後に床に置いたか?」
「へ?」
「予知では床に転がっている私が見えた。そして現に行き先も無茶苦茶に転移したというのに予知の通りの小屋に出た。それは予知が回避不可能故の帳尻合わせだ。しかしイオリ、お前は私を受け止めたという。もしその後床に寝かせていないのなら、予知であった光景が改竄されたことになるのだ」
これはおかしい、とヨルシャミは首を傾げる。
かと思えば唐突に立ち上がって拳を振り上げた。
「不可思議なことを追求するのは燃えるから好きだ! 早速調……べ……ぐえ」
「うわっ!?」
途端に顔色が真っ青になったヨルシャミは風に吹かれて倒れる棒きれのようによろめいた。
伊織が慌ててそれを支えた頃にはヨルシャミの意識は再びなくなっており、ゆっくりと体を寝かせながら伊織は苦笑いする。それを覗き込んだリータも同じ表情をしていた。
「なんというか……想像以上にパワフルな子ですね」
「でしょう……」
「一晩放っておかれただけで死に至るくらい弱ってる、って自分でもわかってるっぽかったのにこれだもんなぁ」
伊織はミュゲイラに頷く。病み上がりに高テンションで立ち上がって叫んだようなものだ。
もし次に目覚めてもしばらくは安静にしているように伝えよう、そう伊織は心に決めた。
(でも……予知が不完全だったのは何故なんだろう?)
安静にしていてほしいが気にはなる。
体調を見ながらゆっくりと質問していけばいいかもしれない。もちろんヨルシャミの体は動かさずに。
まずは回復が優先だ、と伊織はヨルシャミに自分の上着を優しく掛けた。
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