第13話 UMAは唐突に!
「あれ……?」
眠気が来るまで、としばらくそうして考え込んでいた時、窓の外で動く人影が見えた。
辺りは暗いが里の数ヶ所に獣避け用の灯りが設置されている。その光に照らされていたのは荷物を抱えたリータだった。
旅路に持っていくにはあまりにも多い荷物だ。よろけているのを見て伊織は慣れないはしごを下りるとリータに声をかける。
「リータさん、大丈夫ですか? 荷物運びなら僕も手伝います」
「イオリさん! す、すみません、まだ起きてたんですね……!」
リータはリュックを背負い、両手には木箱を二段重ねにして持っていた。
伊織はその木箱二つを受け取る。米袋でも入れているのかと疑う重さだった。
「ありがとうございます。えっと、私たち姉妹で住んでるんですが、旅に持ち出せない家具や私物を倉庫に移してるところだったんです」
「倉庫に?」
「はい。私たちの家は……その、身寄りのない人へ優先的に貸し出す家だったので、旅の間は他の人に明け渡すことになって」
身寄りがないとは初耳だったが、言われてみれば今までミュゲイラ以外の家族は姿を見せていない。
あれだけの騒動があったにも関わらず、だ。つまり保護者やそれに準ずる人物がいないのだろう。
「あっ、倉庫っていってもちゃんと管理してくれるところですよ。それに家だって誰も住まなくなると荒れたり傷んだりするんで、私たちにとっても願ったり叶ったりなんです」
「なるほど……ところでミュゲイラさんは?」
リータは頬を掻いて苦笑いする。
「家で梱包に手間取ってます……」
「あー……」
きっと超が付くほど不器用なのだろう。
逆に散らかしてそうだ、などと失礼なことを考えつつ伊織は荷物を運ぶ。失礼ではあるが高確率で当たっているだろう。
しかしそういうことならミュゲイラの方にも手伝いに向かったほうがいいだろうか?
そう考えていると、リータの背負うリュックから何かがころりと落ちたのが目に入った。
桜色の小さいビー玉のような飾りがついたペンダントだ。よく見ればチェーンに至るまで手作りであることがわかる。
それを拾って手渡すと、リータは「わ、懐かしい!」と嬉しそうに受け取った。
「うんとちっちゃい頃、ママが作ってくれたんです。そっか、ここにしまってあったんだ」
どうやらリュックの中に急いで詰めた小箱に入っていたのが振動で飛び出たらしい。
リータはそれを灯りに透かせるようにして眺めて微笑む。
「長命種は人間と比べると記憶が長持ちします。けど小さい頃に別れたせいか、もうママやパパの記憶も薄らいできてたんですけど……不思議ですね、これを眺めてると二人がどんな表情をして私たちを見ていたか思い出せる気がするんです」
「もし邪魔にならないなら、そのペンダントも持っていったらどうかな?」
リータにとっては両親の形見であり、こうして眺めて心和ませることができる品物だ。
どんな旅になるか伊織には想像もつかないが、故郷から遠く離れた場所でこうして心の緊張を緩められるものは貴重で大切だろうと思う。自分にとっての静夏がそうであるように。
そんな気持ちを込めた伊織の言葉を受け、リータはもう一度だけ桜色の石に光を当てる。
「そうですね……はい! これも持っていきます!」
そして「落とさないように気をつけなきゃ」とリータは大事そうにペンダントを握って笑った。
***
翌朝。
形式上は償いの一環であるため、ミルバの言った通り見送りは盛大なものではなかったが、数人の友人や恩人にひっそりと送り出される形でリータとミュゲイラは里を後にした。
天気は良好、風は少し吹いているが寒さは感じず心地いい。
馬は里に預かってもらい、後から馬車屋に引き渡してもらうことになっている。
ちなみにその依頼賃として金品を渡そうとしたものの、丁重に断られた。ミュゲイラが刺激せずとも里の脅威となっていた魔獣を倒してくれたのだから、そんな恩人から頂くわけにはいかないということらしい。
やっぱり良い人ばかりだ。
そう里のことを思い返しながら伊織たちはリカオリ山への道を急ぐ。
馬を返したのは約束していたことと、長々と馬車屋の商売道具を借りるわけにはいかないというのが理由だが、人数が増えたため馬と静夏で並走という荒業が使えなくなったこともあった。
今はリータたちに案内されながら徒歩で向かっている。
「約束の日までに山の麓には着くと思うんですが、件の小屋をすぐに見つけられるかが気がかりですね……」
「助けろって言うわりに情報がぼんやりしてるとか横暴なヤツだなぁ、そのヨルシャミって嬢ちゃん」
出発前にミュゲイラにも経緯を説明したが、その時も似たことを言っていた。
たしかに横暴だなと伊織も思う。しかしそれも理由あってのことではないかとも思っていた。
「焦っているっていうには余裕があったけど、色々制限はあったみたいなんで仕方ないかなって。現にあれから夢に一度も現れてないんですよね」
それでも「やっぱりあれは夢だった」と思わないでいられるのは場所が実在していることが大きい。
とにかくすべてはリカオリ山に到着しなくては始まらない。
ヨルシャミがなぜ小屋で倒れているのか、なぜそれを助けてほしいと頼んできたのか。
本人に会えさえすればそれもすぐにわかるはず。そう考えていると真上を大きな影が横切った。
「うおっ……!」
それは巨大な鳥の影だった。
鷺をそのまま巨大にしたような鳥だ。それはこちらには目もくれずにばさばさと羽ばたいていく。
この世界には魔物や魔獣の他に普通の動物も存在している。しかし普通だからといって人々の脅威にならないわけではない。あの巨鳥もその代表で、時に人間を攫うこともあるのだとリータは説明した。
魔獣以外にも注意しないとな……と、そう伊織が考えていると巨鳥の通った後から何かが落ちてきた。
それはぺしゃりと伊織たちの目の前に落下し、弱々しくぴぃと鳴く。
まさかさっきの鳥の子供だろうか。静夏と伊織が覗き込むようにそれを見ると――
「う、うさぎ?」
「ウミウシ……?」
――そのふたつを混ぜ合わせたような生き物が転がっていた。
広げたモップのようなシルエット。橙色の体は半透明でつるりとしている。
長い耳は二本生えており、顔はデフォルメしたうさぎのようだった。鼻の穴は見当たらない。
とろけたように眠るうさぎがそのままウミウシ化した、無理やり例えるならそんな生き物だ。ただ伊織にはスライムにも見える。
「……母さん、これ何かわかる?」
「……いや、私も初めて見る生き物だ」
母子して同じ表情で戸惑っていると、ふたりの間からその生き物を覗き込んだリータが声を上げた。どうやらリータはこれが何か知っているらしい。
死んではいないが落下の衝撃で目を回しているそれを指し、リータは言う。
「珍しい、ウサウミウシじゃないですか!」
「……」
伊織は堪えた。
ここまでまんますぎる名前だとは思っていなかった。
安直すぎるだろ! だとか、まんますぎるだろ! だとかツッコミは入れたいところだが、リータにそんな鋭い言い方をしたくなくてとにかく堪えた。
唾を飲み下すことでその衝動を堪えきった時、じっと謎の生き物――ウサウミウシを見ていた静夏がぽつりと言う。
「まんますぎるな」
「まんますぎるよなぁ!!」
一時は堪えきった自分の頑張りを台無しにしつつ、伊織は結局母親に便乗する形で大いに自分の思いを吐露したのだった。
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