ガールズトーク、ボーイズトーク ⑥

 その夜。

 翌日のライブイベントのリハーサルを終え、宿泊先のホテルで食事を済ませた『ALISON』のメンバーは、それぞれの部屋で寛いでいた。

 同室になったユウがシャワー室に入るのを確認して、リュウがポケットからスマホを取り出すと、いつの間にか新着メールが届いていた。


(メールか……)


 メール画面を開き、ハルからのメールだと確認すると、リュウは笑みを浮かべた。


【レナさんにお料理教えてもらったの。

 あんかけ豆腐ハンバーグだよ!

 すごく美味しくできたから、

 今度とーちゃんにも作ってあげる!

 今日はとーちゃんがいなくて寂しいな……。

 早くとーちゃんに会いたい。

 とーちゃんの事考えながら寝るね】


『寂しい』『会いたい』と言うハルからの言葉を見て、リュウは照れくさそうに頬をかいた。


(全然優しくもねぇし、甘い言葉も言えねぇのに……一体オレなんかのどこがそんなにいいんだか……)


 添付された画像は、ハルが初めて作った豆腐ハンバーグの写真だった。


(おっ、美味そう……。やるじゃん、ハル)


 初めて作ったとは思えないほどの出来映えに感心しながら、リュウは何と返信しようかあれこれ考える。


(美味そうだなとか……?良かったなとか……?)


 本当は【早く帰ってハルの作った料理を食べたい】と送りたいのに、どうにも照れくさい。


【良かったな。

 片桐さんに迷惑かけないように早く寝ろよ】


 素っ気ない返信をしてから、リュウはため息をついた。


(あー……。ハル、がっかりしてるかも……)


 リュウは、ユウから送ってもらったハルの写真を見ながら、どうしてこうも思った事を素直に言葉にできないのだろうとうなだれた。


(それにしても……かわいいな、オイ……。『かわいい嫁はいくら見てても飽きない』ってユウの気持ちがわかる……。いっその事、食っちまいてぇ……)


 マコトを抱いて微笑むハルはとても優しい表情をしていて、いつも以上にかわいい。

 ハルが大人になったら結婚して、いつか子供が生まれたら……と想像して、苦笑いを浮かべた。


(子供か……。まだまだ先の話だな……)


 普段は離れている上に、一緒にいても今はまだ抱きしめる事くらいしかできないのに、ハルは大人になっても自分の事を好きだと言ってくれるだろうかとか、ハルは自分といて本当に幸せだろうかとか、言いようもない不安に襲われた。

 そばにいると、ハルのすべてを自分のものにしてしまいたいと言う衝動が抑えきれなくなりそうで、怖い。

 その思いがどんどん強くなって、まだ若いハルを自分に縛り付け、ハル自身やハルの未来まで壊してしまうのではないかと不安になる自分が、まるで自分ではないような、妙な感覚に陥る。

 今までこんな気持ちになった事はなかった。


『来る者拒まず、去る者追わずだ』


 いつか自分がトモに言った言葉を思い出して、リュウはため息をつきながらタバコに火をつけた。

 ハルが、幼い頃からの習慣のように『とーちゃん大好き!!』と言ってくれる事を、少し前までは当たり前のように思っていた。

 だけど今は、ハルを失う事が何よりも怖い。


(もしハルがオレから去って行く日がきたら……オレはあの頃と同じ事が言えるのか……?)


 リュウはハルの写真を眺めながらタバコの煙を吐き出して、もう一度メール画面を開いた。


【早く帰ってハルの作った飯食いたい。

 写真、かわいく撮れてた。

 オレもハルの写真見ながら寝る。

 おやすみ、ハル】


 リュウはあまりの恥ずかしさに震える指で文章を打ち、思いきってメールを送信して、大きなため息をついた。


(つ……疲れた……。こんな事したの初めてだ……)


 今まで、まともな恋愛をした事がなかった。

 彼女と長電話やメールをしたり、待ち合わせてデートをしたり、記念日のお祝いやプレゼントをしたり、お揃いのアクセサリーを身に着けたり……。

 世間のカップルが当たり前のようにしているのに自分にとって経験のなかった事を、この歳になって初めて、ハルと少しずつ経験している。


(なんか……教えられてんのはオレの方か?)


「そんなに穴が開くほど眺めて……ハルちゃんいなくて寂しいのか?」


 リュウは突然後ろから声を掛けられ、驚いて椅子からずり落ちそうになった。

 相変わらずハルの写真を眺めながら、ぼんやりタバコを吸っていたリュウの後ろに、いつの間にかシャワーを終えたユウが立っていた。


「いっ……いつの間に……」

「え?ついさっき。シャワーお先」

「お、おぅ……」

「おやすみメール送ってあげた?」

「……一応……メールはした……」

「好きだよ、とか」

「そんな恥ずかしいメールするか!!シャワー浴びてくる!!」


 リュウは赤い顔をしてバスルームに向かいかけたかと思うと、慌てて戻って来て、テーブルの上のスマホをポケットに入れた。

 スマホの画面には、満面の笑みを浮かべるハルの写真が写し出されていた。




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