大人になりたい ⑦

「それと……悪いけど、もうひとつ付き合ってくれるか?」



 ユウとリュウは翌日の予定を相談して、翌日の昼にユウが車で迎えに行く事になり、時間を約束してそれぞれ帰路に就いた。

 自宅に戻ったユウは、レナの作った夕飯を食べながら楽しそうに話した。


「レナ、明日はリュウとハルちゃんが買い物に付き合ってくれるって」

「そうなの?」

「リュウ、ハルちゃんに指輪買ってあげたいんだって。オレに、レナの指輪どこで買った?って聞くから、一緒に行くかって事になってさ。オレたちはいいけど、リュウとハルちゃん二人で歩いてると変な目で見られるだろ?」

「たしかに……」


 レナは2つのグラスに冷たいお茶を注いで、ひとつをユウの前に置いた。


「出産準備の買い物済んだらさ、『アナスタシア』に行かない?」

「なんで?」

「なんとなくだけど、『アナスタシア』の服がハルちゃんに似合いそうだから。リュウが選んだ服買ってもらったら、ハルちゃん喜ぶんじゃないかなって。オレもレナが出産後に着る服、買ってあげたいし」

「ありがと。ユウは優しいね」

「じゃあ……ハイ」


 ユウは箸を止めて身を乗り出し、向かいに座っているレナに頬を突き出した。


「ふふ……。ユウ、大好き」


 レナが頬にキスをすると、ユウは満足そうに笑って椅子に座り直した。


「オレは子供が生まれても、絶対レナにキスしてもらう。もちろんオレも、いっぱいする」

「ユウったら……」




 翌日。

 ユウとレナは、約束通りリュウとハルと一緒に買い物に出掛けた。

 リュウは今日ジュエリーショップに行く事を、ハルにはまだ言っていないらしい。

 ユウはそれを聞いて、おそらくリュウは照れくさくてハルに言えないのだろうと思った。


 客足がまばらになる夜にジュエリーショップに向かうことにして、まずは出産準備の買い物をする事にした。

 ショッピングモールの駐車場に車を停め、レナの歩幅に合わせて、4人でベビー用品売り場に向かった。


「何買うんだ?」

「新生児用の紙オムツとか、オムツ用のゴミ箱とか。肌着と服はシンちゃんちのマコトのお下がりもらったしな。哺乳瓶とかミルクとかベビーソープとか……細々した物も多いけど、ベビーカーとかチャイルドシートなんかも今日買わないと」


 ユウがメモを見ながら答える。


「ベビー用の爪切りとか櫛とか……ガーゼのハンカチも要るだろ」


 リュウがそう言うと、ユウとレナは驚いて顔を見合わせた。


「詳しいな、リュウ」

「あー……姉貴の出産前、買い物に付き合ったの思い出した。姉貴はシングルでハルを産んだからな。ロンドンに行くまでは、姉貴とおふくろとオレが3人でハルの面倒を見てさ。3分の1はオレがハルを育てたようなもんだ」

「なるほどな……」


 リュウはハルの顔をチラリと見て、そんなハルとまさかこんな関係になるとは夢にも思わなかったと、少しバツが悪そうな顔をした。


「もう……また子供扱いする……」


 ハルが少し頬を膨らませて不服そうに呟くと、リュウはハルの頭を撫でた。


「昔の話だ。今はしてない」

「ホントかなぁ……」


 なんだかんだ言いながら、リュウはハルに甘い。

 ハルの機嫌を損ねて困った顔をしているリュウを、ユウとレナは優しい目で見て微笑んだ。


 必要なベビー用品で買い物かごはあっという間にいっぱいになり、ベビーカーとチャイルドシートを選んで、商品カードを持ってユウがレジに並んだ。


「レナ、オレが会計してる間、リュウたちとそこのベンチにでも座って休んでていいよ」

「じゃあオレはタバコ吸ってくる」


 リュウは一人で喫煙室に向かい、レナとハルはベンチに座って会計が済むのを待った。


「優しい旦那様ですねぇ」


 ハルがそう言うと、レナは幸せそうに笑ってうなずいた。


「ハルちゃんだって……リュウさん、優しいでしょう?」

「優しいけど……恋人らしい甘い言葉は、あまり言ってくれないかな……。そういうの、すごく憧れるんだけど……」

「そういうところはリュウさんらしいね。思ってても照れくさくて、なかなか言えないんだね」


 ハルは首をかしげて眉間にシワを寄せた。


「そうなのかなぁ……。3分の1はオレが育てたようなもんだとか言われると、やっぱり子供扱いされてる気がして……」

「リュウさんはハルちゃんが赤ちゃんの頃から見てるんだもんね。それだけハルちゃんの事がかわいくてしょうがないんだと思うよ」

「それも複雑だな……。私も早くレナさんみたいな大人の女になりたいです……」


 ハルが肩を落としてそう言うと、レナはおかしそうに笑った。


「ハルちゃん……。私、ハルちゃんが思ってるほど大人じゃないの」

「え?」

「だって……私の初恋、29になる少し前だよ。ユウがロンドンから帰ってきてまた出会って……初めて恋をしたの。その点では、ハルちゃんの方がずっと大人なのかも」


 レナのあまりに遅い初恋の話に、ハルは目を丸くしている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る