大人になりたい ④

「だってさ、ハルちゃん」


 笑いながらタクミがそう言うと、リュウは一瞬驚いてハルの顔を見た。


「なんだそれ……?」

「タクミさんに、花火大会の日にちとか時間とか場所とか教えてもらったの。とーちゃんに連れてってもらったらって」

「えっ?!」

「リュウ、意外とヤキモチ妬きなんだなぁ」


 タクミに冷やかされ、リュウはハルから手を離すと、真っ赤になって頭を抱えた。


「とーちゃん、大丈夫……?」

「ほっといてくれ、ハル……。いい歳してこんな……オレもう立ち直れねぇ……」


 トモが笑って、ガックリとうなだれるリュウの肩を叩いた。


「そんな落ち込むなよ。そういう熱いリュウ、オレはすっげぇいいと思うぞ」

「良くねぇよ……カッコわりぃ……」


 しばらく経つと、みんなは何事もなかったかのように、元のように談笑し始めた。

 ハルはまだ落ち込んでいるリュウの手をそっと握り、みんなにはわからないように、リュウの耳元でそっと囁いた。


「とーちゃん、ハル嬉しかったよ。すごくカッコ良かった。ありがと、大好き」


 嬉しそうに笑うハルの顔を見て、リュウは苦笑いを浮かべながら、ハルの手を握り返した。


(あんなダッセェオレがカッコいいとか……大好きとか……。敵わねぇなぁ、ハルには……)



 夜になりマンションに帰ってくると、リュウは黙ってバスルームに向かった。

 リュウはシャワーを浴びながら、みんなの前で嫉妬してタクミに啖呵を切ったり、ハルを抱き寄せたりした事を激しく後悔していた。


(あーもう……カッコわりぃ……。ハルを連れてくんじゃなかったな……)


 せっかくリュウと一緒にいたくて来たのに、いつも一人で留守番ばかりではハルがかわいそうだと思って連れて行った。

 しかし、自分にとってあんなに恥ずかしい事が起こるとは、まったく予想していなかった。


(タクミに会わせるんじゃなかったな……。アイツ、何考えてるかよくわかんねぇんだよ……。一人で行って早めに帰ってくるとかすれば良かった……)


 リュウは、自分はこんなに嫉妬深かっただろうかと考えながら、バスルームを出た。

 タオルで髪を拭きながら、冷蔵庫の中のビールを取り出してリビングに戻ったリュウは、なんとなく気恥ずかしくて、相変わらず黙ったままビールを飲んだ。

 ハルが首をかしげながら着替えを用意していると、ポケットの中でスマホの通知音が鳴った。

 トーク画面を開いて確認すると、そのメッセージはタクミからで、花火大会の会場近くにある美味しいイタリアンのお店の場所とその詳細だった。

 ハルがお礼のメッセージを送ろうと文字を打っている間も、リュウは、もしかしたらまたタクミがハルを口説いているのかも……と気にしながらも、なんともない風を装った。


(気にしすぎか?)


 リュウは少しイライラしながらタバコに火をつけビールを煽る。

 ハルがタクミにメッセージを送ると同時に、仲の良い女の子から、【浴衣着て彼氏とお祭りに行ったよ!】と、画像付きのメッセージが送られてきた。

 ハルは友達の浴衣姿を見て【かわいい!!めちゃくちゃ似合ってるよ!!】とメッセージを送る。

 リュウは、ハルが先ほどからずっとトークのやり取りをしている相手を確かめたわけでもないのに、勝手にタクミと決めつけて更にイライラしている。


(なんだよ……。オレの前で他の男と連絡取り合うなよ)


「ハル、早く風呂入れ」

「ん……?うん……」


 普段はそんな事言わないのに、やけにイライラしているリュウを不思議に思いながら、ハルはスマホを置いてバスルームに向かった。


 ハルがシャワーを浴びている間、リュウは更に自己嫌悪に陥っていた。


(ああ……オレマジでカッコわりぃ……。何嫉妬なんかしてんだよ……。情けねぇ……)


 歳の離れたハルをつまらない嫉妬なんかで縛り付けてどうするんだとか、自分は大人なんだからもっと堂々としていないととか、とりとめもない事をぐるぐると考える。


(気にしたってしょうがねぇ……。ずっと一緒にいるわけにもいかねぇんだし……。だいたい、大人になるまで待ってろって言ったのはオレなのに……)


 まだ若くてかわいいハルが、リュウの言う『大人』になるのを待ちきれなくて、年相応の相手を好きになって離れて行く日がくるかも知れない。

 その時はその時で、ハルの気持ちを大事にして受け止めようと思っていたはずなのに、ハルがもし自分以外の男を好きになったら……と思うだけで、どうしようもないほどの焦りと不安が込み上げた。

 できるなら誰にも奪われないように、ハルをいつでも自分のすぐそばに置いておきたい。


(なんだこれ……?これじゃハルが大人になんの待ちきれないのはオレの方じゃねぇか……)



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