繋がった恋と届かない想い ⑥

「好きだってハルが言うのは……迷惑?」

「迷惑って言うか……オレとハルは身内だからな。好きだって言ってくれんのは嬉しいけど……恋愛とか、結婚とか……そういうんじゃねぇだろう……」


 リュウがためらいがちに答えると、ハルはリュウのシャツから手を離した。


「わかった……。もういい……帰る……」


 ハルはうつむいたままそう言うと、リュウに背を向けて足早に玄関へ向かった。

 リュウは慌ててハルを追い掛ける。


「ちょっと待て、ハル。いくらなんでも、こんな時間に一人で帰せねぇだろ?オレも酒飲んでるから車運転できねぇし……。明日送るから、今日は泊まってけ、な?」

「やだ……。もう帰る……。一緒にいたくないもん……。ハルはもう子供じゃないから一人でだって帰れるもん……」


 ハルは泣きながらそう言って、玄関を出ようとドアノブに手をかけた。

 リュウはハルを後ろから抱きしめて、優しく頭を撫でた。


「ハル……頼むから言う事聞いてくれ……」


 背の高いリュウの腕の中にすっぽりと収められて、ハルは手の甲で涙を拭いた。


「ずるいよ……こういう時だけ……。ハルの事なんか、なんとも思ってないくせに……。どうせ、まだまだガキだなとか、思ってるんでしょ……」

「思ってるけど……とにかく今日は泊まってけ。もう電車なくなるし……ハルになんかあったら、オレが困るから」

「……ママに死ぬほど叱られるからでしょ」

「たしかに姉貴は死ぬほどこえーよ。でもな、ハルが心配なのはホントだ」


 リュウがそう言うと、ハルはくるりと振り返って、少しだけリュウの顔を見上げた後、リュウの胸に顔をうずめた。


「リュウトのバカ……。天然タラシ……。大嫌い……」


 リュウはハルの頭を撫でながら首をかしげた。


「バカでも大嫌いでもいいけどな。天然タラシって言われる意味がわからん……」

「わざとじゃなくても、女の人になら誰にでも優しくして、その気にさせるんでしょ。無意識に異性をタラシ込むの。そういうの、天然タラシって言うんだよ」


 リュウはぼんやりと、アユミと付き合い始めた頃のトモに、『天然タラシのリュウには今度の彼女は紹介しない』と言われた事を思い出した。


(あー……昔、トモにもそんな事言われたな……)


「ハイハイ……天然タラシで結構。だから今日は黙ってタラシ込まれとけ」

「大人ってズルい……」

「そんだけ大人は大変なんだよ」


 リュウはハルの頭をポンポンと優しく叩いた。


「だからハル、無理して急いで大人になろうとすんな。ゆっくり大人になればいいんだ」



 それからデリバリーのピザを頼んで二人で食べた。


「料理とか……作ってくれる人、いないの?」

「いねぇな。ああ……そういやこの前、ユウが飯作ってくれたな。うまかった」

「ふーん……。もしハルが御飯作ったら、食べてくれる?」

「まぁ、食うんじゃねぇか?よほどまずくなけりゃな」

「……絶対おいしいって言わせてやる……」


 少し膨れっ面をしてピザを頬張るハルを見て、リュウは苦笑いをした。


(まずくっても食うんだろうな……)



 シャワーを浴びた後、着替えを持って来ていないハルのために貸したリュウの部屋着は、華奢なハルにはあまりにも大きくてブカブカだった。


「これ、大きすぎる」

「しょうがねぇだろう。ここにはオレの服しかねぇんだから」

「じゃあ、シャツだけでいい。ズボン、大きすぎて脱げそうで気持ち悪い」

「好きにしろ」


 ハルがズボンを脱ぐと、リュウのシャツはミニのワンピースのようになった。

 シャツのすそから、ハルのすらりとした足が伸びる。

 リュウは、ドラマなんかでよくある、女の子が彼氏の部屋に泊まる夜に大きめの彼氏のシャツを着るシーンを、不意に思い出した。

 よく考えたら、ハルが一人でここに来たのも、泊まるのも初めてだ。

 ハルのミニスカート姿なんて見慣れているはずなのに、いつもとは状況が違うせいか、リュウは目のやり場に困ってため息をついた。


「やっぱズボン履いとけ」

「なんで?」

「シャツだけじゃ腹が冷える」

「そんなに寝相悪くないもん」


(目のやり場に困るとは言いにくいな……。散々ガキ扱いしてるし……)


「そっちの部屋で寝ろ。今から布団敷いてやるから」

「やだ。とーちゃんと寝る」

「はぁ?一人で寝るのが怖いのか?やっぱガキだな」

「ガキでもなんでもいいから、とーちゃんと一緒に寝るの」


(コイツ、言い出すと聞かねぇんだよな……)


「ああもう……。好きにしろ」


 リュウはため息をつきながらベッドに入った。

 ハルもベッドに入り、リュウの隣に横になった。


「とーちゃん、腕枕して」

「いやだ、断る」

「この前はしてくれたのに」

「覚えてねぇな。さっさと寝ろ」


 リュウが背を向けると、ハルはリュウの背中にしがみついた。

 体を密着させてしがみつくハルから、リュウの肌に体温が伝わってくる。

 背中に押し当てられた柔らかい感触に、リュウは居心地の悪さを感じた。


(オレはなんもしてねぇのに……なんだ、この妙な罪悪感は……。ってか、胸当たってるっつーの!!しかもなんか発育良過ぎんだろ?!なんとかなんねぇのかよ……)


 リュウはそれに気付かないふりをして、ベッドサイドに置いたリモコンで部屋の灯りを消し、もう寝てしまおうと目を閉じた。

 真っ暗な部屋の中で、二人の呼吸だけが響く。


「とーちゃん……」

「……なんだ?」

「なんか……あった……?」


(えっ……?)


 リュウは驚いて目を開いた。

 真っ暗な部屋の中に、カーテンの隙間から街灯の明かりがうっすらと射し込む。


「とーちゃんはなんにも言わなくても……ハル、とーちゃんが元気ない時、わかるんだよ」

「……そうか」


 リュウがどうにもならないアユミへの想いに悩み、ロンドンに行くかどうかを迷っていた時、まだ小さかったハルがリュウを元気付けようと、保育所で作った折り紙のチューリップを差し出して、『とーちゃんが元気ないと、ハル、泣いちゃうの』と言った事があった。

 リュウは、ハルはいつでも自分を見てくれているんだなと、嬉しく思った事をぼんやりと思い出していた。


(やっぱ、ハルはハルだな……。なんでもお見通しか……。敵わねぇな……)


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