隠していた本心 ④

 もしハルが、いい加減な男に遊ばれて捨てられるような事があったら……と、考えるだけで腹が立つし、絶対許さないとリュウは思う。


(オレみたいなつまんねぇ男じゃなくて、まともないい男見つけろよ。真面目で優しくて、ハルだけを想って大事にしてくれるような……)


 リュウは何度もハルの頭を優しく撫でた。

 もう少し大人になって、いい男に出会って恋をすれば、ハルはきっと自分から離れて行くだろうと思うと、ほんの少し寂しい気もする。


(こういう事を考えるあたり、オヤジっぽいんだよ……。ハルの結婚式……オレ絶対泣くな……)


 ロンドンに行く前、ハルがまだ幼かった頃は一緒に暮らしていて、『ハルがおっきくなったら絶対結婚しようね』と毎日言われていた。

 10年経って帰国した時には、ハルは中学1年生になっていた。

 ロンドンにいる間は、姉のルリカがハルからの手紙や写真を送ってくれたり、ハルが少し大きくなるとメールや電話をしてきたので、たまに話したりはしていた。

 ロンドンにいる間は一度も実家に帰らなかったので、ハルに会うのも10年ぶりだったが、時々連絡をとっていたからか、大きくなったハルに違和感はなかった。

 帰国してからはハルが会いたいと言うので、何か月に一度かは実家に帰る事もある。

 たまにしか会わないのに、ハルの気持ちは幼い頃から変わらない。

 誰よりもまっすぐにリュウを大好きだと言って慕ってくれるハルをかわいいと思う反面、ハルが大きくなるに連れて、このままでいいのかとも思う。

 ハルには幸せになって欲しい。

 リュウのその願いも、昔から変わらない。

 ただ、ハルを幸せにするのは、自分以外の、ハルを大切にしてくれる男であって欲しい。

 この先何年経っても、自分とハルが身内であると言う事に変わりはないのだから。



 結局リュウは、ハルが目覚めるまでずっとそうしていた。

 昼近くに目覚めたハルと一緒に母屋で食事をしてから、少しの間ハルをドライブに連れて行った。

 昨日ユキから聞いた話では、彼女の家はリュウの実家からそう遠くもなく、車で20分ほどのところに住んでいるらしい。

 彼女の家の近所まで来たものの、急に訪ねるわけにもいかず、彼女の子供が本当にトモの子供なのかを確かめる事もできない。


(どうするべきかな……)


 悩んだ末、リュウはその近くのハンバーガーショップのドライブスルーで飲み物を買って、ハルと車の中でそれを飲みながら実家に戻った。



 実家に戻ったリュウは、母屋でサツキとルリカとハルと一緒にお茶を飲んだ後、夜からの仕事のために早めに東京に戻ろうとした。

 今日は夜にラジオ番組の生放送にゲスト出演する事になっている。


「じゃあ、オレ行くわ」


 荷物を持ってリュウが立ち上がると、ハルも一緒に立ち上がった。


「そこまで一緒に行く」


 サツキとルリカは、相変わらずリュウにベッタリのハルを見て笑い、その場でリュウを見送った。



「ねぇとーちゃん、次はいつ帰ってくるの?」


 リュウが玄関で靴を履いていると、ハルが背中越しに尋ねた。


「さあなぁ……。また時間ができたらな」

「忙しいんだね」

「まぁな。暇だと困るだろ?」

「そうだけど……。ハル、とーちゃんに会えないの、寂しい」


 ハルはいつもより少し小さな声で、寂しそうに呟いた。


「バーカ。そんなに寂しけりゃ、早く彼氏でも作ればいいだろ」


 そう言ってリュウが立ち上がり振り返ると、ハルはうつむいて目に涙を浮かべ、唇をかみしめていた。


「……ハル?」


(あれ……?なんだハルのやつ?)


 いつもと様子の違うハルの事が気になって、リュウが少し身を屈めてハルの顔を覗き込んだ時。

 ハルが顔を上げて、ポロポロと涙をこぼしながら、リュウの唇に自分の唇を押し当てた。

 リュウは突然の事に驚き、慌ててハルを押し退けた。


「な……何すんだよ?!」

「リュウトのバカ!!」


 ハルは涙を拭いながら階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込んだ。

 ハルの部屋のドアがバタンと閉まる音が、リュウの耳にやけに大きく響いた。


(いきなりなんだ……?ハルのやつ……)


 ハルの事が気掛かりではあったが、今のハルの気持ちに応えられない自分にはどうする事もできず、リュウは荷物を手に玄関を出た。




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