追憶と現実の狭間で ④


 エレベーターに乗って、ユウはトモの様子をチラリと窺った。


(……なんかあったのかな?)


 トモは何も言わないが、ユウはどうしても、今日のトモに感じた違和感が拭えない。


「今日の晩飯、一緒にどう?」


 ユウが尋ねると、トモはユウの顔を見上げて笑った。


「珍しいじゃん」

「レナが入院してから、帰っても一人だから飯が味気ないんだよ。面倒でつい適当に済ませるしな」

「オレなんか独り身だからな……普段はそれが当たり前だぞ?酒とつまみだけで終わるのなんてザラだし」

「寂しいな、オイ……」


 1階についてエレベーターのドアが開いた。

 二人は病院の正面玄関に向かって並んで歩く。


「ユウと二人だけで飯なんて、今まであんまりなかったんじゃね?」

「そういやそうだな。久し振りになんか作ってやるから、うち来いよ。たまには二人で飯食って酒でも飲もう」

「それいいな。じゃあ、帰る頃に連絡してくれよ。なんか持ってくわ」

「トモはザルだからな……。酒持って来いよ」

「わかったわかった。じゃ、後でな」



 正面玄関前でトモを見送ったユウは、売店で飲み物を買ってレナの病室に戻った。


「おかえり」

「ただいま」


 ユウは売店で買ったジュースにストローを挿してレナに手渡した。


「ほい」

「ありがと」


 ユウがイスに座って缶コーヒーを飲み始めると、レナもストローに口をつけてジュースを飲んだ。


「トモさん……どうかしたのかな?」

「ん?」

「なんか……今日のトモさん、元気がなかったと言うか……カラ元気と言うか……」

「レナもそう思った?」

「うん。急に私に会いに来るとか……。タクミくんならまだしも……トモさんらしくないでしょ?」

「だよなぁ……。いつものトモなら、冷やかしのひとつでも言って『お大事に』の一言で終わりそうなのに」


 レナの目にもわかるほど、今日のトモの様子はおかしかったのだと、ユウは改めて思った。


(今夜、酒でも飲みながら話聞いてみるかな……)



 夏至を過ぎたとは言え、日が長いこの時期は、夕方になっても外はまだ随分明るい。

 ユウとレナは時折、他愛ない会話を交わしながらのんびりと過ごしていた。

 レナは右手でユウの手を取り腕時計を見ると、その手をそっと握った。


「ねぇユウ、今日はもういいよ」

「えっ、なんで?」

「トモさんと約束してるんでしょ?」


 ユウも腕時計を見る。

 時計の針は、5時を少し過ぎたところをさしていた。


「あぁ……。でもまだ早いし……レナの夕食もまだ済んでないしな」

「私なら大丈夫。トモさんの事、気になってるんでしょ?」

「まぁ……それはそうなんだけど……あんまり早いとトモが気を遣うだろ。やっぱ、オレがもう少しレナと一緒にいたいし」

「そう……?私は嬉しいけど……」

「それに……」

「ん?」


 ユウはイスから立ち上がり、ベッドの縁に腰掛けて身を乗り出した。


「今日はまだ、レナとキスしてなかった」

「ふふっ……。ユウ、甘えんぼ」


 ユウがレナの唇にキスをすると、レナは愛しそうにユウの髪を撫でた。


「子供が生まれるまでは、オレも目一杯レナに甘えとかないとな」

「生まれても、甘えていいよ?」

「たまにはな」


 ユウがレナの頬に手を添えてもう一度唇を重ねると、レナはまたユウの髪を撫でながら甘いキスに応えた。

 重ねあった互いの唇の柔らかさや触れ合う手のぬくもりは、二人が過ごしてきた長い時や、乗り越えてきた涙さえ包み込むように優しい。

 二人は、一緒にいられる今だからこそ得られる幸せを、しみじみと噛みしめる。

 夕陽の射し込む病室で、二人は時折見つめ合って微笑みながら、愛しそうに何度も唇を重ねた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る