第49話 日常の風景

翌朝、朝刻烏の声が鳴った。地球で言うと7時から8時の間だ。ルミナはパチリと目を覚ます。

起き上がるとエシータの姿が見える。が、ファイネはいない。昨日出て行った後を見ていないから彼女が休んだのかも分からない。


「んん~っ!」


背伸びして身体を目覚ます。昨日あんまり疲れてないかと思っていたけど、予想以上に疲れていたみたいだ。よくよく考えると慣れない時から魔力操作の練習とかずっとやってたから当たり前かもしれない。


いくら身体を鍛えても休みは必要、ということだ。魔力も同様で、鍛えたら休む必要があるのは当たり前か。


「……ファイネはどこだろう?。エシータは起こすべきかな?」


夜は上着だけ脱いで寝たからそれを着れば服装はすぐ整えられる。抜けてた腰も一晩寝たら回復したみたいだし、体調的には良好と言える。

ベッドから立ち上がりエシータのベッドに近寄る。起こした方がいいはずだが……。


「うにゅぅ……」


しかし随分と幸せそうな寝顔をしている。起こすのも忍びないほどだ。可愛らしいペットを愛でたい気持ちとはこういうものだろうか?


「えいっ」

「ぷにゅっ……。……あれ、ルミナ?」

「ありゃ、起きちゃったか」


頬を一回つついただけなのだが、それだけでエシータは起きてきた。警戒心もなさそうな寝方だったからこの程度なら起きないかなと思ったのだけれど、予想は見事に外れた。


「む……。もう朝?」

「朝刻烏は鳴ったよ」


ピコーン!とエシータの尻尾が立つ。とんでもなく慌てているのがそれだけでよく分かった。


「ファイネはどこ!?。怒られるぅー!!」

「あたしが起きたらもういなかったけど」


キョロキョロとすごい勢いで周囲を確認し始めるエシータ。そして何か分かったのかベッドから跳ね起きて扉を壊すような勢いで外へ出ていった。


「ファイネー!!」


外に出て行ったのにまだ叫び声がここまで聞こえるということは相当な大声だ。他の宿のきゃくからしたらたまったものではないだろう。


「迷惑とか……考えなくてもいいの?。傍若無人であっても問題ないならそっちのが楽だけど。それにしてもエシータは元気いっぱいねー、パーティでのムードメーカーだったりするのかな?」


3人部屋で一人になったルミナは独り言を溢す。ルミナは意識などしていないが、そこには戦いとはまるで無縁の女の子にしか見えない姿があった。


「っといけない。どこに行ったのか追わないと」


ルミナは魔力視を使ってエシータが走って行ったときの魔力の残滓を視認する。極々微量ではあるが、足跡程には残っているため追うには十分だった。が、すぐにそんな真似する必要はなかったと呆れることになった。


宿の入ってきたところまで歩いていくと、軽い朝食……パンのようなものを食べているファイネとその足元に泣き縋るエシータの姿があった。


宿の店主に話を聞くと、どうやら軽い朝食程度なら出る宿だったらしい。だが時間に制限があるみたいで、それに乗っかれなかったのでエシータが泣いてファイネに頂戴と言っているとのこと。


「馬鹿馬鹿しい」

「お前も出遅れてるじゃねーか」


思わず口にした言葉にダイダク達が反応した。声のした方を向くと少し離れた席にダイダクとリガードがいた。


「あれ、何でダイダク達は離れてるの?」

「あれと一緒にされたくない」

「はぁ」


呆れの声が出るが、それも致し方のないことだろう。その態度や行動が明らかに手馴れていると言わんばかりのそれだったからだ。つまり日常茶飯事なのだろう。


「で、お前は朝食はいらないのか?」

「あるから」


二の腕に嵌っているバングルをぱんぱんと叩く。それだけで手に串に肉が刺さった食べ物が現れる。バングルを作った当初ならガイカルドの死骸……黒色に近い肉しかなかったが、今はそれだけではない。


「そんなもん持ってたのか。グレイオーガのやつか?」

「まぁそんなとこ」


あたしが手にしている串の肉は一昨日の夜に食べたグレイオーガの肉と同じものだ。あの時討伐したグレイオーガの肉はかなりの量あった一夜では食べきれなかった。そこで試しにバングルに格納してみたところ、出来てしまったのだ。


グレイオーガを討伐した後に助けられて、死体がないか確認しに行ったときにやっていたものだ。伝えてこそいなかったが、別に知ってても知らなくても困るものではない。


ダイダク達の横に立ちながらルミナは肉を食い千切り、周囲を見渡す。亜人しかおらず、知らない場所に来たのだという実感が湧いてくる。


「エシータたちは置いておいて、食べているのはパン?。小麦……いえ、畑があるの?」

「そりゃ町があるんだから大量の食糧がないとおかしいだろう。この規模の町で狩猟だけというのは無理がある」


確かにその通りだ。町というのは各人それぞれで持ち得る資源を持ち寄って成立する。だがその規模が大規模でなければ一万を超える人口は支えられない。食料資源も大規模にあると考えるのが自然の流れだ。


「……災害獣対策とかどうやってるの?」

「さてな、俺たちは知らん。時間はあるんだから聞きに行ったらどうだ?」

「確かに」


知りたいものが一つできた。町の中をぶらぶら歩くのも悪くないと考えていたが、目的あって行動する方が行動力が変わる。行動の指針というやつだ。


「ルミナ」


のほほんとした顔をしているルミナに真面目な顔をしてダイダクが声をかける。態度の裏にある罪悪感がまるで隠せていないが、ルミナは気づく気配もない。


「俺たちは二日もすれば町を出る。伝手から次の依頼がきててな。バイラジだけは町に残るが、あいつの言うことを聞く必要はない。好きにしてくれ」

「?、何を当たり前のことを。あたしの目的はこの町に入って色んな人と話を聞くこと。バイラジはあたしに命令できる立場じゃないし、指示したところで聞くつもりはないけど」


真面目な顔をしていきなり何を言い出すかと思えば、くだらないことだった。今のあたしに命令できるような者はいない。仮にそれがドワーフの王様であっても聞くことはない。

なのになぜバイラジができると思うのか、傲慢もいいところだ。


「せいぜい上の空で話を聞く程度でしょうね」

「ま、だろうな。ダイダク、だから心配し過ぎだと言ったろう?」

「……だな。なんか警戒心が薄い気がしたんだが、ハーフとはいえ旅のドワーフだ。無用な心配だったらしい」


何か変な心配されていたが、ダイダク達は納得したらしい。

頭にはてなマークを浮かべるルミナを他所に、ファイネに付いていたエシータがダイダク達を見つけた。その口にはパンが頬張られており、ファイネが譲ったのは誰の目にも明らかだった。


「ふぁいふぁくふぁ……。ぅんく。ダイダク達は何でファイネから離れてるの?」

「先に面倒屋処行って伝手の話とか聞いてたからだよ。ファイネはお前待ちだっただけだ」

「……ごめんなさい」

「いつものことだろ。依頼報酬も受け取ってる。後で分けてやるよ」

「エシータもいい加減学べよ。依頼の緊張感あるときは飛び起きるのに何で宿に泊まるとそうなる?」

「襲われないからね!」


ふんぞり返ってエシータが威張る。完全に開き直っているが、ダイダク達はやれやれといった様子だけを示してそれ以上は何も言わなかった。

それが意味するのは一つだけ。


「これも日常でよくあることなのね。知らないことばっかり」


エシータに二人の注意がとられている間に独り言を呟く。日常ですら知らないことばかりのルミナは興味ないフリをしながらも、周囲をキョロキョロと好奇心旺盛な子供のような行動をするのだった。

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