災厄の化身

第36話 ドワルガ王国に激震走る

バウル平野から遥か北北西にある国、ドワルガ国。

そこはドワーフという種族が人口のほとんどを占めるドワーフの王国。ドワーフでなくとも歓迎され、自由に生活を営める自由な国家。

周辺は南東の森はグリンラビット狩猟用の森、北東にはしつけられたトレントの森、南西には魔術使用のための広場が、そして北西には山ほどの大きさはある災害獣…ドワーフの王のペットがその魔力を垂れ流しにしている。

ドワルガ王国は他の国に比べ、個々人の武力が高い。それはここに住む者たちは子供の頃から英才教育を受けているからであり、下手な魔物なら誰でも倒せる程度に強さを持っている。

ドワーフ一にエルフ二、人間五ということわざがあったときもあるほどである。

その中でも訓練を受け、軍に属する正規軍は一人で100人の人間が少なくとも必要と言われるほどの強さを誇る。

さらにその中から自らを極めた者たちが高位軍と呼ばれ、数人で災害獣一体と渡り合うことができるほどの強さを持っている。そのため対災害獣の主戦力とされている。

そして高位軍人の中から人望、強さを極めた者が王となる。


だが今その王は心配事に明け暮れていた。王妃たるドワーフの女性と共に。


「あれから百の夜が明けたか」

「ええ。いつも寡黙なあの方が非常に弁舌に残した予言。それが真実であればこれより三つの日のうちに事が起きるのでしょう」


それはドワーフの神からの予言。


「事によれば俺も出る可能性はある。心配ではないか?」


遥か南にて福音による大魔法陣が描かれる。


「いいえ。あなたより上に立てるものはいないでしょう?。それが例え巨人族の長であっても、妖精族の異端児であっても」


その後、百の夜が明ける。それより三つの日が落ちるまで。


「お前には聞くまでもないか。…だが相性というものがある。例え天下無双の俺と言えどエルフの女王には負けるだろう。まぁ、予言によればそういったものではないらしいが」

「災厄の化身と言っておりました。打ち破れば今後百年は安泰であると」


備えよ、災厄の化身が訪れる。


「あの方は…まったく。それだけで我々ドワーフには何のことか分かると知って言っているだろう」

「ええ、おそらく。言いたくないなら言わなければいいものを……。種族のことを想って行動するという一点においては他所の神様とは比較にすらならないでしょう。他のところは、アレですから」


打ち払えば忌まわしき災厄は姿を百年は姿を現わすことはない。


「だが福音とやらは何を示しているのかさっぱり分からなんだ」

「ふふふ、冗談でしょう?。あなたは分かっている。分かっているから分かりたくないと答えている。違いますか?」


討ち滅ぼせば災厄は世界から姿を消すだろう。


「…分かるか」

「ええ。どれだけの付き合いだと思っているのですか?」


だが災厄と福音は同時に現れる。


「きっと、…あの槌の持ち主だろうな」

「あの槌…ゼル、ですか。国を揺るがす魔法の槌。願いが叶うとも、世界を滅ぼすとも言われる槌。内紛すら引き起こした…ドワルガ王国唯一の魔法武器」


共に戦うがよい。それがドワーフを最も助ける選択肢だ。


「そして、あの大罪人ルーナ=アスしか使えない槌。つまりルーナ=アスが帰ってくるといいたのですね?」

「そう…だが、違う気もするのだ。ルーナ=アスであるが違うモノ。それが福音だと考えている」

「それはまた…大罪人であって大罪人ではない者ですか。それなら罪は随分と過去のモノということもありますし、許されてもいいのではというところでもありますね」


予言はそれまでだった。


「そもそもあの方の予言が下りるときは福音などという遠回しな言い方はしない。それが遠回しな言い方ということはかなり面倒なことになっている可能性もあるだろう」

「そうですね。しかしあの方から見ても面倒なことですか。我々にはどうしようもないことなのではないでしょうか?」

「かもしれん。そうさな…例えば、魂に関わることとかな」


ハハハと笑う声が二つ。それがあり得ないことだからと笑い合う。


「冗談だ、あり得んさ。どれだけ魔力が近かろうと魂とは不可侵の領域。それがあの方であろうと同じこと。いや、あの方自身ならいざ知らず、それ以外のものに関わるとなれば話は別よ」

「ふふふ…そうなると、我々では予想もし得ないこと、ということになりますね。それならば予想することなど諦め、福音などという言葉の者を歓迎するとしましょうか」


諦めの言葉に王は頷く。神様でさえ分からないことなぞ、足元どころではないほどに遥かに力及ばない我らが分かるはずがないと。


「場当たりになってしまうがな。おそらくそれが一番いいのだろう。しかし観測した大魔法陣を描いたのが福音と呼ばれる者ならば警戒はしなければならん。あれほどの魔法陣が自由自在ならばルーナ=アスよりも凶悪な存在である可能性もある」

「…いえ、それはないでしょう」


否定の言葉を口にする王妃に王は分かっている様子で疑問を口にする。


「ほう?何故だ?」

「あれは自爆にも等しい魔法陣。愛する者がいれば使うことはないでしょう?」


王妃は王へと唇を重ねる。それが自然な仕草となっているのは長年の付き合いからだ。


「その通りだな。…では福音に会うその前に災厄の化身とやらを討伐しなくてはならんな」

「ええ。そのために今日は眠りましょう」

「そうだな。シュディーア」

「おやすみなさい。ワグム」


ドワルガ王、ワグムと王妃シュディーアは眠りにつく。福音と呼ばれる者と出会う日が、災厄と戦う日が目の前にあると確信した上で。



そしてその日の深夜、文字通りの激震がドワルガ王国を襲った。

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