第17話 根に持つタイプ
「すべてです。あなたは終始、『あのドラゴン』や『あの野郎』と言っていました。対するリファールさんも『あの男』と言っていたのです」
「何が変だっていうんだ?」
一課の刑事が問いました。彼も一緒に聴取していましたからね。俺が気が付かないわけ無いだろうと? ふふふ。まだまだですね。まぁ、違和感を覚えたのはリンズ刑事なのですが。
「一見すると変では無いんです。ですが、リファールさんから見て、エインさんをあの男と呼ぶのは少し違和感があります。おそらくリンズ刑事はそこに違和感を持ったのでしょう。ふたりとも全く別の何かを考えながら話しているような、そんな気がした」
「それがなんだというのです」
ふたりともまだ余裕の表情です。
まだ私達が確信に迫っていないと思っているのでしょう。
「ガルズさんですよ。『あの男』、『あのドラゴン』、『あの野郎』。すべてガルズさんを対象にしても話が通るんですよ。そして、それがガルズさんと考えたとき、それは明確な殺意となる」
言葉というのはとても機敏に感情を刺激します。それがたとえ演技だとしても、相手を
「ずっとお互いを
「はい。お互いのことを悪く言えないが、悪く言わないと捕まってしまう。だからこそあんな言い回しをしてた。わりと迫真に迫っていたようです。まんまとみんな騙されました」
つまり、二人は共犯。
外部犯などいなかったのです!
「単純化するとこうなります。『とある夫婦がいました。夫は殺されて、現場にはほかの男と妻が居た』さてなにが起こったでしょう?」
単純明快。
女の不倫に激高した男は不倫相手を殺そうとしたが、女と不倫相手に殺されてしまった。
なんのことは無いよくある痴情のもつれ。
「エインは魔物や幻獣の討伐の仕事ばかりを受けていた。報告書をすべて見させていただきましたが、あなたは討伐の証拠として、死ななくても取れる部位を提出していますね。角や再生可能な手足など」
「だからどうしたってんだ」
「あなた、人間が愛せないタイプなのでは? だからこそ、魔物や幻獣を愛し、討伐したと見せかけて逃していたのでは? 再生不可能な部位が証拠になっている依頼は失敗したふりをしていた」
「だからどうした?」
だんだん焦りが見えてきましたね。
「あなたは、リファールさんを愛していた」
「……」
沈黙ですか。
否定はしたくない。
嘘はつけませんか。
「ガルズさんを殺すにはドラゴンスレイヤーと豪神と呼ばれた前国王以上の力を持った戦士が必要です。ですがあの場所にそんな人はいませんでした。だとすればガルズさんを殺せるのは同じドラゴンであるリファールさん、そして白金級冒険者のエインさんがドラゴンスレイヤーを持って共闘したときだけなんですよ」
たとえ対龍装備を持っていたとしても、クライスさん一人ではガルズを倒すことはできない。そもそもそんな戦いが起きようものなら、ビルなんて原型をとどめていないはずなのです。
「まて、おかしいだろう、そのドラゴンスレイヤーはどこにあるんだよ!」
エインが叫びました。
余裕がなくなってきているようです。
「そこです。ご主人を殺害するのに使ったドラゴンスレイヤーはどこにあるのか。リファールさんの証言や、過去の文献を紐解いたところ、契約によりガルズ国王から譲り受けたドラゴンスレイヤーは刃渡り40センチほどの短剣です。それでも隠すのは容易ではありません」
「そうだよ、そんなもんどこにもなかったんだろう? 俺はずっとあの部屋に居た。そこにお前たちが乗り込んできたんだ。ドラゴンスレイヤーを隠す暇なんてなかったんだ」
「そうだ。それは俺たちも確認している。なにを言い出すかと思えば共犯だって? リンズ。功を焦ったな。だいたい、こんなちんちくりんに任せてどうするんだ」
あんたどっち側の人間だよ。
「ありますよ。魔力を遮断し人の手の届かない完璧な隠し場所の中にね」
私は手を伸ばし、リファールさんのお腹を指差しました。
「くっ……」
ふたりは観念したようでした。
「そう、リファールさんのお腹の中です。おそらく柄の部分を火炎で溶かし、刃の部分を切れないように加工して飲み込んだ」
暴竜ガルズのおとぎ話にも出てきます。グリッドドラゴンは重装備の前国王の腕を装備ごと飲み込んだのです。
「私達が乗り込んだとき、ある程度は戦っていましたが、なぜかすぐに投降しました。あれはドラゴンスレイヤーが体内にあることを隠したかったからなのでしょう」
彼らの目的はガルズ殺害の容疑者を別に作り出すことです。リファール自身が重罪の容疑で捕まるわけにはいかなかった。あの状況なら、刑事に怪我を負わせなければ正当防衛などを主張して早期の釈放も狙えたはずです。
「凶器さえ見つからなければ、ドラゴンスレイヤーを持って逃げた、居るはずの無い犯人に罪を着せることができる。だからこそ最初はエインさんが犯人に見えるような言動をしつつ、徐々に他に犯人が居るように思えるよう証言を追加していって初動捜査を混乱させた」
「動機は不倫ってことなのか?」
「おそらくは不倫と、家庭内暴力でしょう」
「人間よ、そこまで分かっていたのですか」
「ええ。ガルズ氏は結婚する前まで暴力的だったそうですね。それが、結婚したあとで落ち着くようになった。そういう種族もあるのでしょう。ですが、耐えられなくなった?」
リファールは思い出したくないといった様子。
相当にひどい暴力だったのでしょうか?
「リファールさんはドラゴンスレイヤーを扱うことができません。よって、二人が共犯でないと成立しないのです。さて、昔はお腹を裂いたりしていたようですが、今はそんな非人道的なこともできません。エックス線でお腹の中を見せてもらってもよろしいですか?」
「家庭内暴力……。昔は人間だって似たようなことをやっていたのに。とても不思議な感覚でした。私達の種族ではこのような暴力は日常茶飯事で、妻は耐え忍ぶものだと言われています」
「人間の文化にふれる中で、違和感をもったのですか?」
「ええ。人間はおもしろい。こんな私達だって法律でさばくのでしょう? 昔なら首を切られ、広場に飾られていた」
ふたりは殺人をみとめ、素直に取調べに応じるようになりました。
「さすがは名探偵。やはり僕がみこんだだけはある」
リンズ刑事はやけに嬉しそうです。
「おい、なにか言うことがあるんじゃないのか? 危うく冤罪でクライスを捕まえるところだったんだろう?」
一課の刑事ジッグは呆然としていました。
「言っただろう。彼女は特別なんだ」
「偶然だろう。当てずっぽうに言ったのが当たっただけだ」
「おやおや。見苦しいね。そうそう。彼女はああ見えて根に持つタイプだからね。早めに誤っといた方がいいよ」
根に持つタイプ。
否定はしません。
とりあえず、睨んでおきます。リンズ刑事もジッグ刑事も。
「逆恨みが怖くて刑事なんてできるかよ」
「いいね。そういう気味の強気なところ、好きだよ」
調子が狂うぜと言ってジッグ刑事はふたりの聴取に向かいました。
「彼に任せていいんですか?」
「ああ。手柄は彼のものになるけどね。面倒な手続きをやるのも僕には似合わないだろう?」
「まぁ確かに。でもいいんですか? 手柄がなくて」
「そうだね。その話も含めて、君がしたかった話をしよう」
やっとですか。
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