第15話 第三者
次に訪れたのはガルズ氏の職場です。被害者の情報はとても大切です。殺人の大半は知人によって起こされるものですから、被害者の交友関係を当たれば、その中に犯人がいる可能性が高いのです。
「ガルズだろ、毎日一緒に仕事してたぜ、いい奴だったよ」
街の防衛に従事されている警備兵長のクライスに話を聞きます。
「『暴竜ガルズ』、奴は40年前までここから100キロ西にあるガルズ山脈に住んでいた。あそこには貴重な鉱脈があってな。先代の国王は幾度となく調査隊を送っていた。だがことごとくガルズに殺された」
「ガルズさんにとってはただの侵略者に見えたんですよね」
おとぎ話にもなっています。重装備の前国王の腕を装備ごと飲み込んだとか。
「そうだ、侵略者を撃退するのは当然の権利だ。だが先王は諦めなかった。王国に伝わるドラゴンスレイヤーを持って自ら討伐に向かったんだ。そして、竜族の流儀に則って決闘を申し込んだ。当時最先端の魔道具を使い、片腕を失いながらも勝利した。相手も人間ごときに負けるなんて思ってなかったんだろうな。破格の契約をしてしまった」
「契約というのは?」
「死ぬまで王国に仕えるなんて条件の決闘だったそうだ。竜が勝った場合は知らんがね」
「街の警備をされていたんですよね」
「ガルズが居ると俺たちも心強い。それに空を飛べるってのは本当にいい」
空を飛ぶ魔法の習得にはセンスと魔力が必要で、50人に1人ぐらいしかちゃんと飛ぶことはできないと言われています。それを仕事にできる人は更に限られるはずです。
「昨日は出勤日だったんですよね?」
「そうだ。いつも午前9時には来ていたよ」
「9時ですか。ガルズさんを恨んでいたような人に心当たりはありますか?」
「さぁな。あいつはほとんど人間と交流していなかったはずだ」
「ガルズさんはドラゴンの殺し方を聞きに行けば、教えてくれるような方でしたか?」
「無理だろうな、最近でさえ少しは穏やかになったそうだがね、昔のガルズは手がつけられなかったって聞いてるぜ」
「そうですか。奥様についてはご存知ですか?」
「直接会ったことは無いけどな。『あいつは俺が居ないとだめなんだ』って言ってたな」
「ドラゴンスレイヤーさえあればガルズさんを殺すことは可能ですか?」
「無理だろうな。あの豪神と呼ばれた前国王でさえ片腕と引き換えに得た勝利だ。五体満足に勝てるやつなんて居ないよ」
「今朝8時30分頃、あなたはどこにいましたか?」
そう聞いたのはリンズ刑事。
「今朝? 今日は昼番だったからな。家で出かける準備をしていたと思うが?」
「証明できる人はいるかな?」
「居ないな。俺はひとり暮らしだ」
「そうですか。ありがとう。大変参考になりました」
「ああ。捕まえてくれよな、犯人」
「もちろん」
リンズ刑事がアリバイを聞いたのは、警備兵長の姿がエインの証言と似ていたからです。電話で十課のカイドさんに、40年前に殺された兵士の家族について調べてもらうよう指示しました。
「写真は取れたかい?」
「はい」
私は密かに、警備兵長写真を撮りました。これを使って、面割りをするのです。複数の写真をエインの前に提示して、今朝ビルの1回で見かけた男が誰かを当ててもらうのです。
「こいつだ」
エインは迷うこと無く、警備兵長クライスの写真を指差しました。
「ま。妥当な線だね」
「もうひとつ、興味深い情報が」
カイドさんが音もなく後ろに立っていました。
「なんだい? 彼に動機でもあったのかな?」
「はい。クライスは40年前、国王の遠征に同行した兵士の子供です。兵士はガルズに殺害されています」
「なるほど。親の仇か。動機としては、充分すぎるね」
警備兵長のクライスは寿命が人族より少し長い
「どう思う?」
「まだなんとも言えません……」
「お疲れのようだね。そろそろ帰るといい。初日から深夜まで働くことはない」
時刻は21時を回っていました。
「ありがとうございます」
素直に従うことにします。疲れているのは事実ですし、情報料が多すぎてこれ以上処理できそうにありませんでした。
「おっ、初日から残業とは期待の新人ってことかな?」
寮の部屋に帰るとクリスさんが料理とともにお出迎えしてくれました。
美味し料理を食べながら今日あったことを話します。
「まずは訓練なんだねー」
「黒バイの運転は難しいからね。本当に飛べるのは試験に合格してからだよ」
黒バイとは警察用の飛行バイクの総称です。
「クリスさんなら明日にでも合格できますよ」
「だといいけどね。それよりヴェイルちゃんの部署の話聞いたよ」
「あー」
「十課ってさ、警視庁の問題児たちを集めて作らえた課らしいよ?」
「知ってます……」
「ま、ヴェイルちゃんなら大丈夫だよ。バンバン事件を解決して行けばちゃんとした部署に配属してくれるよ」
「それが、私は十課にしかいられないようなのです」
「えっ、なにそれ?」
「私の合格は十課に配属することを前提として出されたそうで」
「そんな裏契約みたいなのがあるの? その、リンズ刑事って何者?」
「わかりません。得体の知れない人です。悪い人ではないようにみえるのですが」
話したいことはたくさんありましたが、その日はすぐに寝ざるを得ませんでした。体がとても疲れたと仰ってます。
次の日。捜査は急展開を見せていました。
「一課が警備兵長のクライスに任意同行を求めたらしい」
つくしさんは朝食と思われるいちごサンドを食べながら言いました。
「なにか新しい証拠があがったのですか?」
「ああ。あの朝、現地にいたことがビルの管理人から確認された」
「嘘をついていたと言うことですか」
それは心証が悪いですね。
私たちも取り調べを見に行きます。
「なぜ嘘をついたんだ? ああ?」
一課の刑事がまくし立てていました。なかなかの迫力です。
「そ、それは。疑われると思ったからだ。私はやってないぞ?」
「あんた、父親をガルズに殺されてるらしいな」
「そ、それは。そうだ。それも疑われると思って言わなかった」
「昨日の朝、何をしていたんだ?」
「呼び出されたんだ。リファールさんに」
彼の供述をまとめると、5日前、リファールさんに話があるから家に来てほしいと電話があった。話の内容はクライスの父親に関することだそう。クライスは指示通り8時30分にガルズ邸の人間用玄関に到着したが、いくらベルを鳴らしても反応が無かったので仕方なく帰宅した。
「あのなぁ。そんな言い訳が通用するわけ無いだろう。ガルズを殺せるのはお前だけじゃないか。警備隊なら、対ドラゴン用の装備だったあるんだろう?」
「もちろんあるが、厳重に保管されている」
「保管の責任者はお前だろう?」
「くっ……やってない。やってないんだ」
一課の刑事は落ちるのは時間の問題だなという顔。
「どう思う?」
リンズ刑事は納得師弟なさそうな顔。
「普通に考えれば、彼でしょうね。彼にしか不可能と言っていい」
「だね。でもそれだと、あまりにもストレートだ」
「事件なんてそんなもんでしょう? そこらじゅうで不可能犯罪が起きるようじゃおしまいですよ」
「それはそれで見てみたいね。じゃあ、僕たちの捜査もこれでおしまいかな?」
「なぜ私に聞くのです?」
「君が納得したのなら。僕は捜査をやめてもいいと思うわけさ。君の謎に対する鋭さを信頼しているからね」
「行きましょう」
「どこに?」
「もちろん。取り調べです。リファールさんの」
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