第321話

 覇鬼の放った妖術の影響力は、一つの町が一瞬で消滅する程の威力だった。自身の妖力を分散させた上に、町に残っていた人間や妖怪達を一度に移動させたのは初めての試みだったからだろうか。

 心身ともにオレの消耗が激しい。覇鬼と戦う為に温存していたはずの妖力も、既にガス欠寸前な状態となっている。今戻ったとしても、オレが一番足手まといになる可能性が高いだろう。


 『――こ、ここは一体……』

 『そ、総大将っ、どうして我々はここに!?』

 『何なのここは?さっきまで私達、体育館に居たはずなのに』

 

 無理矢理に移動させた所為だろう。状況を把握出来ていない者達が、混乱してしまっている。そりゃそうなってしまうだろう。何故なら、避難場所として提供されていた町の体育館や陰陽堂でも、ましてやオレ達鬼組が拠点としている屋敷でもない。

 周囲には何もない景色が広がっているだけで、住宅なんて物は一切見当たらないのだ。ただの山奥で、森の中で、町から数キロ離れた位置を選んで適当に移動しただけなのだから――。


 『あの焔様、ですよね?』

 「お前は……?」

 『私は陰陽堂に属する者です。と挨拶をしている場合ではありませんね。一体、これはどういう状況なのでしょうか?』

 「悪いが今は、町へ戻る事は視野に入れないでくれ。お前達には申し訳無いが、今あの町に戻れば守り切れる自信が無い」

 『餓鬼の出現と魔境からの進軍……それは全て、貴方がした事だと他の者達が疑っております。ですが、ここに住民が全員居るという事は、貴方が救い、避難させたのでしょう?まずはそれを、皆に説明をしても宜しいでしょうか?』

 「驚いた、お前は冷静のようだな。正直、それなりに罵倒される覚悟もあったんだがな。オレの姿は奴と変わらんからな、全てを納得出来る者は少ない。苦労掛けるかもしれないぞ?いっそ、オレを殺してしまおうって考える奴も出て来る可能性だってある」

 『その際は、私達もこの首を差し出すだけですよ。焔様』


 そう言って彼は、不安に襲われている住民達の下へ向かった。彼の説明で納得したのか、それともまだ頭が追い着いていないのか分からない。だがしかし、どうやら説明をした上で頭を下げているらしい。

 全くどうしようもない連中だ。普通なら、文句の一つや二つ、あっても良い物だというのに。この時代の連中は、昔とは大違いのようだ。


 『総大将、これから我々はどうすれば良いでしょうか?』

 『命令して下されば、我々も戦う所存ですぞ!』

 「余計な事はしなくて良い。屋敷に残ってもらったお前等は非戦闘員だし、怪我人も多い。お前等はお前等の出来る事をしてくれ。オレも、出来る事からしていくつもりだ」


 鬼組の連中も一緒に戦おうと言い出したが、それは流石に止めさせてもらう。これ以上の犠牲を出す訳にもいかないし、これ以上のリスクも背負う必要も無いからだ。

 戦うのは戦える奴で戦えば良いし、それ以外で補ってもらえれば十分だ。そんな事を思いながら立ち上がった途端、僅かに視界が暗くなって眩暈に襲われた。

 

 「(妖力の使い過ぎだな。これじゃああいつ等に見せる顔が無いな、情けない)」


 しかし、ここで立ち止まる理由も無い。覇鬼を倒さなければ、この戦いは終わらない。奴は現世と魔境を統合しようとしている。右近と左近に命じて、何処かに相模が居るはずだ。

 

 「おい、陰陽堂の」

 『は、はい。何でしょうか?』

 「急いでお前等の長を動ける数人で探せ。相模を見つけたら、術で知らせてくれ」

 『しょ、承知致しました』

 「あぁ頼んだ。オレは町に戻る、ここはお前等に任せるぞ」


 陰陽師でもある相模を探し出し、を施してもらう為には必要不可欠な存在だ。しかし、見つからなかった場合は……その時はオレも覚悟を決めなければならないだろう。

 

 「――さて、向かうとしよう。あいつ等に叱られるのは勘弁だからな」

 

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