第280話

 「――世から出向いてやろう」

 「っ!」


 近付かれた事にすら気付くのが遅れるだけならまだ良いだろう。しかし、村正は常に覇鬼の姿を捉えていたのだ。凄まじい気配に中てられつつも、その姿を見失わないように細心の注意を払っていた。

 だがしかし、覇鬼の姿は一瞬で視界から消えた。瞬きをしたほんの一瞬の時間。そのたった一秒の時間で、覇鬼は無造作に村正の肩に手を置いてそう告げたのだ。戸惑いを見せた村正だったが、咄嗟に抜刀して斬り掛かった。


 「ほぉ……世に躊躇なく攻撃をするか。ふむ、度胸もあるようだ」

 「(拙者の抜刀が……指先で止められた!?)」

 「どうやらその程度では、世に当てる事さえ出来ないようだな。どれ、次は……」


 そう言いながら村正の刀を手放した覇鬼に対し、空かさずに村正は自身の最高速の剣戟を繰り出した。だがしかし、微かな金属音と共に村正の肩から血飛沫が溢れだしたのである。


 「ぐっ……!?(何をされたのか、まったく分からなかったでござる)」

 「次は世の番だと言おうと思ったが、妖怪。そう焦るんじゃない。せっかくの客人なのだ、うっかり殺してしまっては勿体無いだろ?」


 覇鬼は手に取ったそれを地面に落とし、ニヤリと笑みを浮かべてそう告げた。村正の足元に投げられたそれの音を聞いた瞬間、村正はそれが自分の刀の先端である事を理解したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る