第279話

 「世の前に臆さず姿を現すとは……随分と肝が据わっているではないか」

 

 村正の姿を見た覇鬼は、ニヤリと笑みを浮かべてそう言った。感心しているのか、嘲笑しているのか、あるいはその両方か。覇鬼はその場から動く様子はなく、村正に攻撃を仕掛ける気配もない。

 そんな余裕がある態度を取っている覇鬼に対し、村正は冷や汗を頬に伝いながら刀に手を添えたままだ。動かず、いや……動けないと言った方が正しいだろう。


 「(この者、隙が無い……迂闊に動けば容易く殺せるでござるな)」


 抜刀して斬り掛かろうと考えても、本能が村正の体を完全に抑制されている。しかし、目の前に居る覇鬼を倒さなくてはならない。それを頭で理解している村正だが、いつ仕掛けるかを決め兼ねていた時だった。

 

 「何だ、来ぬのか?仕方ない……」

 「っ!?」


 肩を竦めた覇鬼は、溜息混じりに目を細める。だが村正は、盲目の目を見開かざるを得なかった。何故なら、涼しい笑みを浮かべて覇鬼の気配が動いたからだ。

 

 「――世から出向いてやろう」


 真横に姿を現した気配を感じ取った村正は、咄嗟の判断に抜刀したのである。

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