第268話

 「――っ!?(何だと……オレ様の剛拳を、正面から斬り裂きやがった)」

 

 刹鬼が放つ剛拳は、拳に溜めた妖力を拳を突き出した事で放出する技だ。妖力の塊が球体となった物を放出した刹鬼に対し、ハヤテは直撃する前に両手に持った刀でそれを斬り裂いた。

 斬り裂かれた事に驚いた刹鬼は、やがて苛立ちを覚えた表情を浮かべて言った。


 「テメェ、力を隠してやがったのか?」

 「そんな事ないっスよ。俺も俺で事情があるんスよ」

 「事情だと?」

 「まぁそんな事より良いんスか?悠長に会話してる間にも、俺は次の一手を打ってるっスよ」

 「っ!」


 ハヤテがそう言った瞬間、刹鬼の頬を撫でた風が赤い線を浮かび上がらせた。自分の頬から滴る血を指先で拭った刹鬼は、目の前の景色が歪み始めている事に気付いた。

 それは徐々に濃くなり、やがて視界を覆い尽くす程の霧にハヤテの姿が隠されていた。微かに霧の奥から気配を感知出来るが、刹鬼は動かずに周囲へ警戒する為に目を細める。


 「霧でオレ様から逃れようとはな。まったく、つまらねぇ芸だな」

 『そんな事言わないで欲しいっスね。これも立派な戦術っスよ?』


 霧の所為で姿が見えない。しかし、微かに感じる妖力の気配で刹鬼は視線だけは動かし続けていた。姿は見えないが、細かい移動を繰り返しているのだろう。

 そんなハヤテの気配を見失わないようにしながら、言動や態度とは裏腹に慎重さと冷静さも兼ね備えている。そしてそれは、ハヤテも気付いている様子だった。


 「(刹鬼って言ったっスかね。傍若無人ぼうじゃくぶじんというか唯我独尊ゆいがどくそんというか、自分本位で動く奴かと思ったんスけど……なかなかどうしてビックリっスわ)」

 

 そんな事を考えている間、刹鬼は溜息混じりに再び拳を握り締める。


 「小細工は無しだ。オレ様の邪魔をする奴は、正面から叩き潰す」

 「っ!?(妖力が上がった。……気付かれてるっスね?)」

 「ハアァァァァァァァッッッ!!!!」


 霧の中から姿を現した刹鬼に対し、ハヤテはいち早く回避行動を取った。移動先を予測しているのか、刹鬼は行く先に先回りして行く手を阻む。その追撃を回避し続けるハヤテは、苦し紛れに振り回される拳や蹴りを回避し続けた。


 「逃がすかよっ!!」

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