第259話

 桜鬼が式神と対峙している頃、離れた場所に移動した焔鬼は目の前で揺れる茜を睨み付ける。投げられてダメージがあったと思っていないが、立ち上がるまでに数秒を費やしていた茜。

 そんな様子を見据えていたが、立ち上がる様子は普段の茜と比べると異常なものでしかなかった。常人が寝返りを打って起き上がるのでも、膝を付いて立ち上がる訳でもない。

 倒れた状態からゆっくりと起きる姿は、異常と感じてしまう程に異様なものだった。


 「……っ、茜っ!オレの声が聞こえるか!」

 「ウァァァ……ァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」

 「ぐっ……っ!?」


 ユラリと上体を揺らしながら立ち上がった茜は、離れた位置から瞬時に間合いを詰めた。凄まじい速度で接近された焔鬼は、刀で防御の姿勢を取った。

 鬼化した事によって、内側から暴走常態となっている茜の妖力。それは徐々に茜の攻撃した片腕をも、破壊しようとしている事を理解していた。攻撃する度、茜の体は血が出ているからである。

 このままの状態で放置しようものなら、確実に茜は死に至る事は明確だろう。鍔迫り合いをしながら、重なった視線の先にある茜の瞳を見据える。


 「目を醒ませ、茜!!このままじゃ……オレが、お前を殺さなくてはならない!!戻って来い!!自身の妖力に飲まれるなっ!!完全な鬼になるんじゃねぇ!!」

 「ウゥゥゥゥ……ァァァ、ァァァァァァァァァァァッッ!!」

 「ぐっ……がはっ!?」


 その言葉に呼応するかのように、茜は無理矢理に焔鬼の事を蹴り飛ばした。鈍い音と共に地面を転がった焔鬼は、腹部を押さえながら立ち上がる。だがしかし、焔鬼への追撃はなかった。

 

 「うぅぅぅぅ……アァァァァ……ウアァァァァァァ!!!」

 「茜……お前、意識が……(戦ってるんだな)」


 一瞬だけでも、鬼化した茜と元の姿の茜が見え隠れした。茜の存在が二重になった事を理解した焔鬼は、妖力に飲まれないように抗ってると悟ったのだろう。

 しかし、頭を抱えて抗っていた茜は雄叫びを上げて地面を思い切り踏み付ける。身構えたその姿は、鬼化によって生えた二本の角が焔鬼に向けられていた。


 「っ!?何だ……それは」

 「アァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!」


 角先に集束しているのは、溢れ出している茜の妖力。それが巨大な球体を作り、向けられている先が自分だと再認識した。それが射出されれば、焔鬼は愚か、周囲も只では済まないのは明らかだ。

 回避した方が良い……それは確実だった。だがしかし、焔鬼は深く息を吐きながらゆっくりと刀を構えた。


 「来い、茜……!!」

 「ァァァァァァ!!!」


 その言葉に応えるように、茜から赤い妖力の放射された。焔鬼の視界は、紅の閃光に包まれたのであった。

 

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