第158話

 重圧から解放された魅夜は、押し殺していた息を一気に吐いた。呼吸が整うまで小さい呼吸を繰り返し、やがて一定のリズムに戻った所で魅夜は目を細める。


 「焔……本当に敵なの?どうして……どうして、ボク達を」


 目の前に姿を現した焔鬼は正真正銘、紛れもなく魅夜が知っている焔だった。だがしかし、焔鬼を包んでいる空気感が以前よりも変貌していた。まるで味方だった頃が嘘のように感じる程、負のオーラに包まれているように感じた魅夜は拳を強く握り締める。


 「追い掛けよう。ごめんハヤテ、ボクは先に行くよ」


 援護しようかと迷っていたが、その迷いは焔鬼と対面した事で迷いが晴れた。地面を蹴り、雷鳴白虎を発動したまま移動し始める。目指すは焔鬼が居る場所を目指し、一目散に木々の中を走り抜ける。

 やがて辿り着いた先には、桜鬼と対峙している杏嘉の姿を見つけた。魅夜の気配に気付いた彼女達は、互いに向かい合ったまま魅夜へと視線を向ける。満身創痍となっている杏嘉と比べ、桜鬼は未だに傷一つない様子から魅夜は劣勢となっている事を悟った。


 「おう、魅夜。随分と遅かったじゃねぇか、アタイが先に戦わせてもらってるぜ」

 「杏嘉……その傷」

 「少しドジっただけだ。まだ戦えるし、このぐらいで逃げてたらあいつに合わせる顔がねぇんだよ」

 「あいつ……って?そういえば、綾は?」

 「……」


 魅夜の問いに対し、杏嘉は静かに笑みを浮かべた。しかし、その笑みには悲しさを帯びている事に気付いたのだろう。


 「あぁ、先に逝っちまったよ。アタイらを差し置いて、な」

 「っ……そう」

 「アタイは逃げねぇよ。こいつ等を倒して、必ず大将を問い詰める。その為にはまず、邪魔する奴を片っ端から跳ね除ける」


 九尾の姿となった杏嘉は、獣化した腕を振り上げて地面を蹴った。桜鬼との距離を一瞬で詰めたが、桜鬼との間に見えない壁が存在しているのだろう。それに阻まれてしまい、攻撃が届く様子はない。

 だがしかし、杏嘉は空かさずに桜鬼に四方八方から攻撃を仕掛け続ける。桜鬼に隙を与えない為なのだろうが、見えない壁が自動で反撃を繰り出しているのだろう。衝撃を与える度、杏嘉の体に切り傷が付けられていく。


 「くっ……!」

 「その程度ですか?その程度で私達を倒す?ふふふ……――減らず口も良い加減にしろよ?クソ狐」


 そう告げた瞬間、桜鬼は六枚の札で布陣を生成したのである。だが、同時に杏嘉も桜鬼へ急接近している。もう立ち止まる事は出来ない位置まで来たのを見た時、魅夜はハッとして目を見開いた。


 「駄目っ、下がって!杏嘉!!」

 「――っ!?」


 その声を聞いた時、杏嘉は腕を勢い良く振り下ろす。しかし、桜鬼はニヤリと笑みを浮かべながら呟くように告げた。


 「もう遅いですよ。――妖術、神楽かぐらはな


 六枚の札で生成された布陣が一輪の華となり、杏嘉の視界を覆い尽くした。

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