第137話

 「……やっと来たか」


 廊下を進み、襖を開けた所でそう声を掛けられる。声の主を探した魅夜の視線が向くと、そこには胡坐をしながら酒皿を片手に持って笑みを浮かべる人物の姿を見つけた。

 

 「っ……焔」

 「随分と遅かったな」


 ――ザザ……ザザ……ザ……ザザ――


 脳裏に浮かんだノイズが響き、瞬きする度に視界が入れ替わる。だが変わった景色の詳細を理解出来ぬまま、目の前に居る焔は魅夜の顔を覗き込んで問い掛ける。


 「どうした?まさかとは思うが、まだ眠いとか言わないよな?」

 「ん、大丈夫。少し驚いただけ」

 「驚く?何に驚いたんだ?」

 「えっと……それは……何でだろう?」


 理由を探った魅夜だったが、すぐに思考を働かせる事を中断した。小首を傾げながら、自分が何について驚いていたのか。その理由を思い出そうとする事すら、自然に忘れて放置してしまった。

 そんな様子の魅夜を不思議そうに見下ろす焔だったが、優しく魅夜の頭を撫でつつ言った。


 「すぐに思い出せないって事は、大した事じゃなかったんだろうな。それよりも飯だ。せっかく茜が作ったんだ、皆で食べるぞ。なぁ?ハヤテ」

 「そうっスねぇ。この時間を作りたいって言ったのは、魅夜っスからね。自分で言った事は守って欲しいっスね」


 同じく酒皿を持ち、焔の言葉に頷くハヤテ。周囲を見れば、その言葉通りに鬼組に所属する妖怪達が笑みを浮かべている。誰もが楽しげに、誰もが魅夜が輪に入る事を待っているように視線を向けられている。

 その視線に応えるようにして、魅夜は気恥ずかしさに負けながら一歩踏み込んだ。


 眩しく、そして……温かくて、幸せな場所に。

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