第62話

 剛鬼の妖力が消えた事は、敵である黒騎士を含めて蒼鬼達にも伝わっていた。幽楽町を見渡せる場所で仁王立ちする蒼鬼も、町中で駆け回りながら餓鬼を一蹴する狂鬼も。

 ほんの一瞬の出来事だったとしても、全員がそれを感じ取っていた。だがその中で、妖力が消滅したにもかかわらず、気にした様子も無い者が一人だけ居た。


 それが牙狼族の長だった獣人――豹禍である。


 かつてのかたきを目の前にし、怒りをあらわにする杏嘉。そんな杏嘉の事を制しつつ、綾は落ち着くようになだめていた。


 「迂闊に突っ込み過ぎじゃ、杏嘉。少しは落ち着け」

 「あぁ?十分落ち着いてるっつの」

 「そうは見えないから言うとる。怒りに任せれば奴の手中やろ」

 「ぐっ……」


 杏嘉を宥める様子を見据えつつ、豹禍はビルの屋上に居る黒騎士へと視線を向ける。額から垂れる一枚の札、袖口を合わせて豹禍達を見下ろす黒騎士。

 そんな黒騎士は豹禍の視線の意味を理解したのか、肩を竦めながら下へと降りて来た。その瞬間、杏嘉と綾は感じ取った。重く圧し掛かるような妖力を。


 『ワタシに手伝わせようとするとハ、どういうつもりなのかネ?』

 「あぁ?俺はあの九尾とりたいんだよ。後の奴はどうでも良いし、興味も無ぇ。適当にテメェが殺してくれるとこっちも動きやすくて助かるだけだ」

 『なるほどネ。ならば仕方なイ。ワタシも、お手伝いするネ』


 そう言った黒騎士は、その場で数回跳ねた後に豹禍の隣から姿を消した。そして一瞬の内に綾の眼前に現れ、綾の顔面を鷲掴みにして移動した。ハッとした時には既に遅く、杏嘉の隣には綾の姿は無かった。


 「綾っ!!!」

 「テメェの相手は俺だろう?九尾っ!!」

 「くっ、邪魔すんじゃねぇよ!!裏切り者がっ!!」

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