第39話

 「……無能排除の結界、ねぇ。あのお嬢さんには、つくづく驚かされる」

 

 感心したような様子で空を見上げ、フードを深く被った男はそう言った。だがすぐに見上げる動作を止め、視線を目の前へと落として向ける。そこには、鬼組の幹部である杏嘉と綾が膝を地に付けていた。

 その様子を見るや男は、ニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。


 「どうした?化け狐。お前の力はその程度なのか?」

 「ぐっ……(このアタイが、こんな奴に)」


 その言葉に苛立ちを見せる杏嘉だったが、先程までのように突進するような事はしなかった。冷静に目の前に立つ男の事を見据え、行動を探るように全身を伺う。

 隣で同じく膝を地に付けている綾も、杏嘉の様子を伺いつつも男の動向を探っていた。その警戒心の込められた視線を受けながら、男は肩を竦めて吐き捨てるように言った。


 「仕方ない。お前が思い出すまで出し惜しみするつもりだったが、その様子だと思い出してはくれないか?せっかくの再会なんだ、もっと楽しもうぜ?なぁ、九尾の杏嘉」

 「なっ!?」


 そう言い放った男はフードを外し、その姿を杏嘉に見せながら笑みを浮かべる。その男の姿を見た瞬間、杏嘉は目を見開いて明らかな動揺を見せた。

 やがて頭に血が昇ったのだろう。杏嘉は今すぐにでも突進しそうに身構えたが、蜘蛛の糸を使ってその行動を綾が制した。キッと睨み付ける杏嘉に対し、綾は目を細めて目で告げた。


 ただ一言、落ち着け。その目はそう言っていた。


 「ぐっ……わーってるよ」


 だがしかし、杏嘉の動揺は明らかだった。何故ならば、その男の容姿は杏嘉と同様の姿をしていたからだ。そして九尾ではないと分かっていても、その姿に見覚えがあるという事実が杏嘉の記憶を呼び覚ます。

 

 「杏嘉、あの男は知り合いなのかのう?」

 「知り合いってもんじゃねぇよ。っ、あいつは……でも、有り得ねぇ」


 先程まで綾に向けられた鋭い視線は、その男に向けられている事で綾は確信した。その男は過去、杏嘉と何かしらの因縁がある事を。そして、杏嘉はそれを良く思って居ないという事を。

 男はその怒りの込められた視線を受け、片手で顔を覆いながら笑って言った。


 「ハハハ、酷ぇな。あれだけ良くしてやったのに、そんな眼で見てくるかよ。なぁ、杏嘉」

 「うるせぇよ。裏切り者が」

 「(裏切り者?)」


 その言葉に反応を示した綾に対し、男はニヤリと笑みを浮かべて言葉を続ける。


 「そうか。そこに居るお仲間は知らないのか?なら丁度良い。自己紹介をしようじゃねぇか」


 男はそう告げると、フードを完全に外してその姿をあらわにした。その容姿は銀色の毛並みが腕と肩にあり、頭部には耳が存在していた。まるで杏嘉と同じ九尾の一族のような姿だった。

 その姿に驚いた綾だったが、その驚きを遮るようにして男は言ったのである。


 「初めまして、そして久し振りだ。俺の名はー―豹禍ひょうが。そこに居る杏嘉の親戚のような存在であり、牙狼族がろうぞくの元長だ。そして……」


 豹禍と名乗る男は、ニヤリと笑みを浮かべて目を見開いて続けた。


 「九尾の一族を滅ぼすキッカケを作った張本人だ!」

 「――豹禍っっっ!」

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