第145話 人造転生者の秘密

「実を言うとね、多次元宇宙全体に異変が起きてたんだ」


 クソ神が咳払いしてから真面目ぶって言った。


「異変? それがアディにどう関係してるんだよ」

「覚えているかい? キミの同類の成り損ないのことを」

「ああ、リリィちゃんのことか。もちろん、よく覚えてるよ」


 てっきり同類だと早合点して粗相してしまった子のことだ。

 第一の封印を勝手に解いたことをエヴァにめちゃくちゃ怒られたし、忘れられるわけがない。


「あの後で調査結果が出たんだけど、彼女は人造転生者だったんだよ」

「人造転生者……つまりアディやアルトと同じだったってことか?」


 俺の娘、アディーナ・ローズは転生者だった。

 しかも未来世界で俺とイツナとの間に生まれる娘の魂を持つ転生者。

 今の彼女は特定の器の中に転生者の魂を召喚した存在……人造転生者だったことがわかっている。

 未来世界の魂を召喚し、魂が入る前の赤ん坊に転生させられたのが今のアディだ。


「作り方は違ったみたいだけどね。アディちゃんの素体は赤ん坊、アルとんのは戦闘用ホムンクルスだったでしょ。リリィちゃんの素体はね、星の意思の運命操作によって用意されたヒロイン。既に生きている人間だったんだ」

「人造転生者ってそんなのもありなのか……ん? でも、おかしいぞ。俺が覚醒したリリィちゃんを鑑定眼で視たときにも真名の変化は――」

「うん。能力覚醒に『前世を思い出す』過程を経てないって言うんでしょ。でも、それ自体は別に珍しくないじゃない?」


 確かにそのとおりだ。

 転生者は前世を思い出したときに初めて真名と魔力波動が変わる。

 これは霊体……要するに記憶や自我の上書きか融合のどちらかが起きることで発生する現象だ。


 しかし前世を思い出すことなく力だけに覚醒して真名の変わらないロリーノのようなチート現地人もいる。

 その場合でも前世はどこか別の異世界であったはず。

 次元の狭間をただよう源理の力チートは『魂が召喚や転生で異世界間を移動するときにしか宿らない』からだ。


「いや……本当言うとリリィちゃんに前世って呼べるものがあるのか、わかんないけどね」


 だというのに、クソ神がまた妙なことを言い出した。


「前世のないチート転生者? 前提からして破綻してるじゃねーか」

「人造転生者であれば、それがありえるのさ。『純然たる魂エネルギー』が『霊体の入った器』の中に召喚されたらどうだい? エネルギーである魂は本来、霊体と合体して霊魂になることで初めて生命として成立する。そもそも、人造転生者のコンセプトは特定の器に転生者の魂を召喚することでチート能力を持った人間を量産することなんだから……前世の記憶なんてなくたって何の問題もないでしょ?」

「…………まさかとは思うが、人工魂魄を製作してから別の世界の既に霊魂がある人間の中に無理やり召喚したのが……リリィちゃんだったっていうのか?」

「うん、そう。なんなら霊体だけの状態にするために一度殺して魂だけ入れ替えたのかもねー」


 クソ神がなんでもないことのようにコメントしているが、どんだけ脳が腐ってたらそんな発想が出てきやがるんだ……。


「リリィちゃんは前世の名前なんてものが最初からない。真の意味での人造転生者だったのか」

「そういうこと。おそらく製造者はいろんなタイプの人造転生者を作って実験をしているんだろうね」


 野郎……他人事みたいに言いやがって。

 テメーも同じようなことをやってんだろうが。


「そんなイレギュラーにお前が今まで気づかなかったっていうのかよ!」

「うん。だって、キミやアディちゃんと違ってガフの部屋に悪影響が出るほどの個体じゃないしさ。考えようによっては記憶を取り戻さない転生者と同じだし。普通にスルーしちゃうって」


 エヴァはクソ神が気づいていないことに違和感を覚えていたが、リリィちゃんは意図的にイレギュラーではないように見せかけられていたわけだ。

 木を隠すなら森の中ってわけだな。


「いやあ、でもリリィちゃんたちを元通りにした後、さすがに気になってさ。調べてみてビックリしたよ。人造転生者、ほぼすべての宇宙にいたんだ。最低でも1人。多いところは100人以上さ。さすがに全部の星にいるわけじゃないみたいだけど、それでも天文学な数になるよ」

「そいつら全員リリィちゃんと同じぐらいの潜在能力を持ってるのか?」

「うん。さすがにアディちゃんみたいな完全体はいなかったけど、ほぼ全員キミが言うところの近似体アポロキシメイトだね」


 そういうことだったか……。


 もしクソ神の話が本当なら、という怪しい前提がついてしまうが。

 ひょっとして、未来から召喚したアディの魂が規格外の例外則オーバーフロー・ワンだったのは製作者にとって計算外の出来事だったんじゃないだろうか。


 クソ神はイレギュラーに敏感だ。

 俺が『召喚と誓約』を押し付けられたように、アディにも『無限輪廻転生』が仕込まれている。

 つまり人造転生者が規格外の例外則オーバーフロー・ワンだったら、すべてクソ神によって俺やアディちゃんのように『処置』を施されてされてしまうってことになる。


 クソ神に近似体アポロキシメイトをただの転生者に見せかける必要があるなら、とっくの昔にクソ神にマークされていたアディは絶対に召喚してはいけない存在だったはず。

 だからこそ結社の連中はアディだけは絶対に回収しようと躍起になっていた……そう考えればすべての辻褄が合う。


 こうなるとアルト……というより『騎士神王アルトリウス』こそが人造転生者の完成形なんだろうと俺もクソ神も思いこんでいたが、これすらも違うのかもしれない。

 アルトだって暴走覚醒した瞬間をクソ神に感知され、俺の協力もあってアヴァロンへ封じられることになったわけだし。

 残りの人造転生者だった円卓の騎士たちも俺とモルガナが覚醒前に瞬殺してしまったので、あの時点では人造転生者の真の秘密に気づく機会もなかった。


 まあ結局は俺と戦ったリリィちゃんがきっかけでクソ神に人造転生者の秘密がバレてしまったわけだが。

 おそらく調査が完全に終わった段階で害ありとみなされれば、人造転生者たちは順次クソ神によって消されていくことになるだろう。


「こんな真似をいったい誰が……いや、もう答えは出てんのか」

「もちろんそうさ。しかいない」

「マーリン……いや、違う! そうだった、奴の真名は!」


 死神手帖を取り出し、これまで書き連ねた名前をチェックする。

 そこには、はっきり俺の筆跡で奴の名前が書き記されていた。

 アディに請われて結社の頭目を始末するときに書いた、奴の真名が。


「…………圃馬英二ほばえいじ!」


 グリードシード・オンライン……GSOでさまざまな並行世界の地球から1億人の日本人を召喚した狂気のゲームディレクター。

 キャメロットで人造転生者の部隊を編成し、クソ神へのクーデターを企てたチート転生者マーリン。

 こいつらの真名は……完全に一致していたのだ!


 …………でも待て、さすがにおかしいぞ。

 マーリンの真名は完璧に覚えていたはずのに、どうして俺は今日までGSOの黒幕が圃馬英二だってことを忘れてたんだ?


 ひょっとすると、もう確認しようもないが……俺自身が『T.F.』に関する記憶を封印していたのかもな。


 『T.F』のことを聞くまでGSOのことも完全に忘れてたし。

 おそらく封印記憶を解くキーワードが『T・ファインダーズ』だったのだろう。

 マスちゃんからその名を聞いたとき、封印が解けてすべての記憶を取り戻したと考えれば合点がいく。


「なんてこった、こんな偶然があるのか? いや、でも……奴は俺が始末したぞ。それとも、また転生して何か企んでるっていうのか?」


 死神手帖で殺しただけだから転生を阻止するような手段は講じてなかった……あれは失敗だったのか?


「違うんだよ、サカハギくん」


 しかし、それはどうやら杞憂らしい。

 クソ神が首を横に振った後、さらに最悪な圃馬英二の正体を語った。


「GSO圃馬英二とマーリンに繋がりなんてないんだ。キミが圃馬くんと初めて出会ったときから、彼は一個人という存在じゃないのさ。オリジナルの圃馬英二はとっくの昔に自らの霊魂を無数に分裂させて、あらゆる宇宙に転生しているんだよ。だから今存在している圃馬英二は全員、転生時点で同じ記憶と目的を持つだけの別人なんだ」

「マジ、かよ……」


 つまりGSOの圃馬も、アディのいた異世界で殺した結社の圃馬も……いや、マーリンすらも司令塔のない独立端末に過ぎなかったっていうのか。

 それならアディのときに手帖で殺した圃馬はマーリンとは別の圃馬の可能性が断然高いってことになるよな。


 でも確かに。

 思い出したから言えるけど、GSO圃馬とマーリンが記憶を共有してた様子はこれっぽっちもなかった気がする。

 GSO圃馬はノアの箱舟伝説をやたら引用してたけど、マーリンの方はアーサー王伝説を蘇らせるみたいなことばかり言ってたし。


「ていうか……それ、もっと早く言えよ!」

「え? だって聞かれなかったし~」


 とりあえず、生意気なクソ神は殺してっと。


 うーん、この分だとリリィちゃんのいた異世界にもマーリンとは別の圃馬が潜んでいたのだろう。

 今まで俺が旅してきた異世界でも圃馬達は暗躍していたに違いない。

 残念ながら俺の即死チートを付与した死神手帖では、世界外にいる圃馬を殺害することはできない。

 今後の異世界では欠かさず死神手帖に圃馬の名前を書かなくっちゃ駄目だなコレ。


「結論だけどさ」


 息をするように別の代行分体を送り込んできたクソ神が人差し指を立てた。


「圃馬くんがどうして人造転生者を製造し続けているのかは不明だよ。僕にもわからない。キャメロットのマーリンは明確に戦力を揃えようとしてるって感じだったけれどね」

「……いや。確かにGSO圃馬もマーリンもやり方は違うけど、最終目的だけはきっと同じだったんだと思う」


 確証はない。

 俺自身、圃馬英二やマーリンとのやりとりを完全に覚えているわけでもない。


 だが、思い出したGSO圃馬とマーリンの印象を照らし合わせると、符号する部分も多い。

 使っていた言葉、語っていた思想、そして抱いていた妄執。

 魂が同一起源だと言ってしまえばそれまでだが、だからこそ。


「うん、きっとそうなんだろうね」


 さすがに分裂する前のオリジナル圃馬英二は未確認だが……クソ神も俺と同じ意見のようだ。

 GSO圃馬英二を突き動かし続けた情熱の裏にも、きっと潜んでいた。

 クソ神に恨みを持っていた俺がマーリンと手を切り、キャメロットを殲滅するに至った最大の理由が。


「圃馬英二の最終目的は宇宙構成源理オリジンルールの破壊。つまり――」

「そうさ。僕の娘の――」





「「エヴァの抹殺」」

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