第139話 タッチ・ロリータ・ゴー・トゥ・ヘル

「ふぅーん。どうやら、今回の参加者はなかなかやるみたいですねぇ」


 愉快そうに呟きながらアラフォー大賢者ロリーノが賽子を振る。


「自由ですねぇ。今回は私で構いませんか?」

「4敗するまでは別に。最終的に僕だけになっても絶対に勝てるからね」

「…………」


 帝星みかぼしが前髪をかきあげる。

 シノは相変わらず目をつむったまま、無言だ。

 

「それはないですよ。だって、私の敗北は万に一つだってないですからねぇ」


 ロリーノが自信満々に笑みを浮かべる。


 こいつら、揃いも揃って俺に殺されてることをマジで認識できてないのな。

 まあ、現実を素直に受け入れて諦められるような奴らだったら、非現実世界こんなところにいるわけないか。


「さて、私のお相手は誰かな? できれば……そこのかわいらしい少女だと嬉しいのですけどねぇ」

「ん……っ!?」


 流し目を送られたマスちゃんが身をよじる。

 名前のとおり、子供好きのようだ。


 ていうか、ロリーノ・スイカンスキーって……ひどいよな。これ本当に真名なのかよ。

 異世界で前世を思い出さずに能力覚醒だけした現地転生者なんだろうけど。

 ひょっとすると、エロゲの主人公なのかもしんない。


「振るねっ!」


 すっかり板についたマリちゃんが賽子を放り投げた。

 出目は――


「あ、ゴローさんだよ!」

「拙者の出番でござるか……」


 いつの間にか気絶から復帰していたヲタクがぬっと起き上がる。


「アンタも、これ食っといた方が」


 マリちゃんのときと同じようにフェアチキを差し出したが、ヲタクは首を横に振った。


「いや、結構。男の施しは受けない主義でござるよ」


 ありゃま。

 まあ、別にいいけどさ……。


「ゴローさん……平気?」

「大丈夫。拙者、必ず生きて帰るでござるから。もし、無事に戻ってこられたときはマリ殿、拙者と――」


 フラグフラグ。


「ブーブー、イチャつくのは後にしやがれですよぉー★」

「がんばってね、ゴローさん!」

 

 御遣いのブーイングとマリちゃんの声援を背に受けて、なんだかやる気満々のヲタクが颯爽と舞台に上がる。

 一方、ロリーノはどうでもよさげな顔だ。


「さあ、勝負方法を決めるでござるよ。拙者、それがしとはこのバトルモンスターズのカード対戦を所望する。異世界チートデッキでいざ勝負をば――」

「悪いですけど、君に用はないんですよねぇ。手っ取り早く終わらせますよ」


 一節二節と詠唱を唱えたかと思うと、ロリーノの頭上に巨大な炎の玉が出現した。


「ま、待つでござるよ! 拙者、そういう野蛮なのはちょっと!」

「勝負方法がちゃんと決まらない場合はぁー、問答無用で殺し合いでぇす★」


 御遣いが容赦なくピーッと試合開始の笛を吹いた。


「と、いうわけで。さっさとスミクズになってくださいねぇ」


 ヲタクの命乞いも待たず、ロリーノが舞台上で火炎球を炸裂させる。

 あっという間に炎は消えたが、舞台上にはヲタクの影しか残っていなかった。


「う、そ……ゴロー、さん……」

「これこれ! こういうのが見たかったんですよね―――ぇぎッ!!」


 ボロボロと泣き崩れるマリちゃん。

 ハッスルして歪んだ笑顔を浮かべた頭を俺に斬り飛ばされる御遣い。

 もちろん巻き戻しとセットだ。


「まったく、ここまで勝ち上がってきたのに……いったい何を見てきたんですかねぇ」


 やれやれと首を振るロリーノ。


 まあ……せめてフェアチキを食ってくれれば対魔法系のチート能力くらい付与してやれたんだけどな。

 とはいえ俺の奢りを断ったんだし、死に様に同情はしない。


 マリちゃんは、わんわん泣いている。

 なまじっか2人ともうまいこと生き残れてしまったから……デスゲームをやってる実感があんまりなかったのかもしれないな。

 なんとなく「自分たちは死なない」とでも思い込んでいたのだろう。

 ともあれ、これで2勝2敗。


「さて……ふむ、次の出目は萬二郎ですねぇ。どうします、彼はここにはいないですけど?」

「あー、それなら自由でいいですよぉー★」

「ふむ。ならば次も私で問題ないですねぇ」


 帝星もシノも返事をしなかったので、次もロリーノのようだ。

 マリちゃんが無理そうなので代わりに俺が賽子を振る。

 特に操作はしなかったが、出目は――


「お、マスちゃんだ」

「ハハハハハハハハハハ! こいつは素晴らしい! どうやら萬二郎の運が私に巡ってきたようですねぇ!」


 あーあ。

 グロッキーの三崎だったらワンチャンあっただろうけど。

 ロリーノも運がない奴だな。

 まあ、俺が相手になるよりはマシだったかもしれないが。


 ともあれ、傍らでぶるぶる震えているマスちゃんに声をかける。


「いけるか?」

「無理……お面ない……」

「ああ、それなら直しといたぞ。これでいいか?」


 アイテムボックスからクラフトチートで修復しておいたマスちゃんの仮面を取り出してみせた。


「……ッ!」


 見慣れているはずの仮面を見て、マスちゃんが何故だか息を呑む。


「これ、ほんとに……いいの?」

「いいも何も、マスちゃんのだろ」


 受け取った仮面をジッと見つめた後、ゆっくりと何かを噛みしめるように被った。

 マスちゃんの纏っていた雰囲気がガラリと変わる。


「仕事を……してくる……」

「ああ、いってらっしゃい」


 仮面自体には生命感知魔法と最低限の防御魔法ぐらいしかかかってなかったけど、なるほどね……やっぱり自己暗示か。

 ある種の思い込みでチート能力を強化しているんだな。


 『T.F.』の結成メンバーでこんな真似ができるのは……うん。やはり催眠系に特化してた『山猫サンタ』しかいない。

 GSO時代から子供を教育して戦士に育て上げるのが、とにかくうまかった。

 非道に思われるかもしれないが、足手まといをギルドに入れておく余裕はなかったし……何より山猫サンタは子供に生き残るための力を与えることに強く拘っていた。


 さて。

 マスちゃん……いや、マスカレードが油断してあの切り札を切らなかったら負ける可能性もあるにはあるが。


 ……あー、うん。

 相手が明らかに魔法特化だもんな。

 使うに決まってる。


 マスカレードはプロだ。

 あの子に限って舐めプはない。


「勝負方法は……?」

「特に決めなくていいんじゃないですかねぇ……シンプルな勝負のままで」


 余裕綽々のロリーノに対し、マスカレードは無言のまま拳銃を構える。

 現代兵器チートで取り出した、何の変哲もない口径9mmのオートマチック拳銃だ。


「フフッ。そんな豆鉄砲では力場魔法を貫けない……と、親切に教えてあげましょう。なにしろ私は紳士ですからねぇ」

「これはこれは……幼女がアレやコレな目に遭っちゃう試合になりますかねぇ? いいですよいいですよ、こちらとしてはエロ展開でもまったく問題ありませんからねー★」


 は?

 ざけんな、殺すぞ。


 俺の怒りを買って十三回巻き戻った御遣いがようやく笛を吹く。

 ロリーノがねっとりとした、非常にいやらしい笑みを浮かべた。


「安心してください、すぐ殺したりはしませんよ。睡眠魔法で少し眠ってもらってから、じっくり嬲ってあげま――」


 パン、と。

 軽い音が響いた。


「え、あ――?」


 吐血し、胸を抑えるロリーノ。


 パン、パン、パン、パン。


 続けて4回の銃声。

 双眸を大きく見開いたまま、ロリーノはあっさり倒れ伏した。

 仕事を終えたマスカレードは無言のまま舞台を降りる。


 しばしの沈黙の後、呆然としていた帝星がかろうじて口を開いた。


「いったい何をした……? 力場魔法は物理攻撃を絶対に通さないはずだ」


 そのとおり。

 力場魔法は強度とか関係なく、物理を通さず魔法を通す。

 異世界魔法源理における基礎中の基礎だ。

 しかし――


「何言ってんだ。『人間が銃で撃たれたら死ぬに決まってる』。それが地球での常識だ」

「……ん」


 肩を竦める俺と、頷くマスカレードを交互に見つめ……怪訝そうに眉を寄せていた帝星が、ハッと気づいた。


「いや、そうか。法則改変系の能力……!」

「お、正解だ。さすがに遊戯ゲームの常勝チャンプだな」


 より正確に言うと、マスカレードが使ったのは『法則変更チート』の一種だ。

 簡単に言うと展開領域内の法則を上書きし、別の法則を適用する能力である。


 フェアリーマート異世界支店の非暴力領域を覚えているだろうか?

 あれがまさにそうである。


 マスカレードが展開したのは『地球の物理法則』だ。

 それだけ聞くと地味に思われるかもしれないが……実を言うと、これ以上ないほどのアンチ異世界能力だったりする。


 何故なら、この地球法則領域内では異世界独自の『レベル』『スキル』『魔法』などが一切使えなくなるからだ。


 地球では原則として異世界魔法が使えないため、マスカレードの展開領域では魔法を使うことができない。

 だから力場魔法を使えなくなったロリーノは銃であっけなく死んだというわけだ。

 地球法則展開……まさに現代兵器チートと組み合わせるためにあるようなチート能力である。


 本当言うともっと複雑な事が起きてたんだけど、要約するとこんな感じかね。

 そろそろイツナ達にもチート能力の優劣とか理論を教えてやらないとなぁ。

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