賢者のいた異世界

第106話 いつもどおりに始まる、いつもどおりじゃない話

 異世界ってのは、ほとんどが剣と魔法のファンタジーだ。

 どこも似たり寄ったり。クソ神どもは異世界と聞いたらファンタジーしか連想できんのかとツッコミたくなるレベルである。

 もちろん異世界ごとの個性はあるにはあるんだろうけど、通りすがりにしてみりゃアパートごとにゴミ箱の色が違うってのと大して変わらない。


 そんな異世界で必ずといっていいほど存在するのが魔物、つまりモンスターである。

 俺が定義するモンスターとは『尊厳なきモノども』だ。

 発生の経緯は世界によってルールが異なるものの、とりわけ人間社会との共存共栄が成立し得ない化物どもをモンスターと呼ぶ。


 人間社会にとって害悪だから駆除対象にされ、殺すことを推奨され、死体からは骨の髄に至るまで素材として剥ぎ取られる。なんなら能力奪取系のチートホルダーなら特殊能力を奪って自分のものにしたって誰からも文句を言われないし、本人の良心も傷まない。そんな資源みたいな存在だ。

 人殺しは駄目だと抜かすトリッパーは吐いて捨てるほどいるけど、襲いかかってくる凶暴なモンスターにまで慈悲を示す聖人君子にはなかなか会えない。長生きできないからな。


 逆に人類と共存を考える魔族だとか魔王だとかは種を異にするだけの知的生命体であり、厳密にはモンスターとは呼べない。

 人間が使役テイムできる魔物なども共存できるわけだから『モンスター』とは別枠だ。


 まあ、そんなわけだから召喚したモンスターを従属魔法で一生奴隷としてこきつかったって構わないと考える異世界人が非常に多い。

 さて、ここまでで俺が何を言いたいのか察しのいい人ならわかるだろう。


「なんだと……断るとはどういうことだ!」

「そのままの意味だっつーの。俺を使い魔とかペットにしようっていうなら、お断りだ」


 そう。モンスターを召喚して従属させたい魔術師が、俺を召喚してしまうケースがあるのだ。

 しかも、そう珍しい話じゃない。従属契約の話を持ちかけられる……いわゆる『使い魔召喚』はいつもの勇者召喚に次いで多いんじゃなかろうか。


 もっとも話のタネになりそうなケースはそう多くない。だいたい7割ぐらいが純粋に話し合いによって契約を結んで欲しいと持ちかけてこられるのを断ればいいだけだからだ。

 魔術師にとって召喚モンスターと使い魔契約に失敗するのは動物が相手ならともかく魔物が相手ともなれば、それなりの報酬や代償を要求されて当然だ。そこで交渉の余地がなければお帰りいただき次の相手を召喚すればいいのだから、誓約破棄が成立しやすい。

 使い魔になれとか言われるのは不愉快だけど、俺にとっては悪くない話だから適当に受け答えして終わりにすればいい。そう考えれば良案件だ。


 じゃあ、どうしてわざわざこの話をするかって?

 もちろん、今回が残りの3割だからだよ。


「ふざけるな! お前を召喚するのにこちらがどれだけの資金と手間をかけたと思ってる! 指南書のとおりなら、召喚が成立した時点で自動的に契約が成立し、お前はわたしに服従しなければならなくなってるはずだ!」


 魔術師風のローブを羽織った赤髪の背の小さい合法ロリ女……ロリババアが大層お怒りの様子で地団駄を踏んでいる。


「そう言われてもな。俺の中ではアンタとの間になんの因果も誓約も感じない。従う義務はないね」

「ぐぬぬ……」


 召喚失敗には同情するけど、だからといってこちらもボランティアでやってるわけじゃない。癇癪を起こされたって俺の答えは変わらんよ。


 などと思っていると、青筋を立てていたロリババアが突然ふっと笑って冷静になった。

 ああ、うん、この後の展開がだいたいわかった。


「その減らず口がいつまで聞けるかな! 拘束術式発動!」


 魔術師の合図とともに、四方の異空間から突然鎖が伸びてきて俺の四肢を拘束した。


「ふはははは! 貴様が契約にハイかイエスで答えるまで、その術式は解けんぞ! 解放されたくば従え!」


 勝ち誇ったように貧相な胸を張るロリババアと手足を縛る鎖を交互に見やりながら、俺は。


「はぁぁぁぁ……」


 全力でため息をついていた。


「俺らみたいなトリッパーを召喚するやつ全員に言える話なんだけどさー。改めて考えると、俺らの扱いって『モンスター』の扱いと同列だよな」

「なんだ……何を言ってる?」


 困惑するロリババアは無視。

 やるせなさを覚えながらも、ひとりでに口は動く。


「無理やり従えていいし、従わないなら元の世界に返さないと脅迫していいし、場合によっちゃ殺したっていい。異世界召喚はやっぱり誰がなんと言おうと誘拐ならびに拉致監禁だよ。まあ、俺らが自由だ権利だといくら叫んだところで無駄なのはわかってるけどな。ここは現代日本じゃない。異世界なんだ。そんなものは自分の力で勝ち取るしかない。俺たちトリッパーが異世界で生き延びようと思ったらチートと言われようがなんだろうが、四の五の言わずに力を示すしかない」


 あらためて運命の理不尽さを呪いたくなってくる。

 普段はいちいち考えても仕方ないと胸にしまい込んでいる憤懣やるかたない想いが、じゅくじゅくと化膿した傷口のように痛み出した。


「そうやって手に入れた力なんだ。驕り高ぶって何がいけない? どうして異世界の連中の機嫌を伺って自重しなきゃならないんだ? 俺を化物と呼ぶ連中を世界ごと滅ぼして何が……いや、それはいけないかもしれんけど、どうしようもなくムカつくヤツが俺を、俺たちを縛りつけようとするときに怒っちゃいけない理由なんて、これっぽっちもないって思うだろ。なあ?」

「そ、そんなふうに言ったって駄目だ! 解放は――」

「わかってるよ。だから勝ち取るって言ってるんだ」


 はっきり断言してから、拘束術式の鎖を軽く引っ張る。それだけで錆びたガラクタか何かのように弾け飛んだ。


「へ?」

「さて、と。俺の言い分は以上だ。代償は支払ってもらうぞ」


 目の前で唖然としているロリババアが発動したのとまったく同様の拘束術式を無詠唱で発動。手足を拘束した。


「そ、そんなバカな。第四位階の術式なんだぞ。解除できるわけない! それどころか同じモノを何の下準備もなく一瞬で使えるなんて……!?」

「悪いけど、どこかに現存する異世界魔法なら神聖系以外、だいたいなんでも使えるんだよ。そういう魔法があるってことを認識さえすればな」


 馬鹿丁寧に解説してやると、それこそ得体の知れないモンスターを見るような目で俺から目をそらすロリババア。


「おい、こっちを見ろ!」

「ヒィッ!?」


 念動力で無理やりこちらを向かせ、ロリババアの赤い瞳を覗き込む。


「アンタも何かと大変みたいだが、俺も俺で厄介なルールを抱えててな。無理やり魔法で奴隷化したりしても、本人の意志じゃないから誓約を破棄させられないんだ。魂の問題なんだよ。そのへん、魔術師なら理解できるだろ?」


 俺の脅迫めいたセリフに、コクコクと頷くロリババア。


「で? 俺を使い魔にするのは諦めるか?」


 拷問も、やらずに済むなら、それがいい。

 別に好きってわけじゃないからな。


 だが、ロリババアはなかなか頷こうとしなかった。

 さまざまな思惑がコイツの脳内で張り巡らされてるに違いない。

 しょうがない。そういうことなら、決断の後押しをしてやろう。


「お、おい。なにをするつもりだ」


 急に俺が自分の靴を脱がせ始めたので、ロリババアが慌て始めた。

 とはいえ四肢を鎖で縛られた上に宙吊りの状態なので、抵抗のしようがない。


「決まってるだろ? お前に想像を絶する苦痛を与えてやるって言ってるんだよ」

「な、なんだその棒は……やめろ、よせ!」

「駄目だ。さっきも言っただろう? 代償は支払ってもらうと……」

「い、一体何を……グギャアアアアアアアアアッ!!!」


 ロリババアの悲鳴が、どことも知れぬ召喚部屋にこだました。




「お前がハイかイエスで答えるまで続けるぞ。俺を使い魔にするのは諦めろ」

「だ、だめだ……ここまでしてきたことを無にすることなどヌグオオオオオッ!!?」


 似たようなやり取りを続けること5分。

 ロリババアは俺の拷問にまだ粘っていた。


「なかなかやるな。だいたい普通のヤツなら10秒ともたないんだが……」

「だ、誰がお前などに屈するものか。このわたしを誰だと思ってイギィィィッ!?」

「ククク、だいぶ内臓をやられてるようだな……」


 だんだんと興が乗ってきた俺はロリババアの狂態をあざ笑いながら、拷問棒を手の中で弄んだ。


「ぬぐぐ、一体何なのだ、この拷問は。まるで聞いたことがない……」

「ああ、これか? いわゆる足つぼマッサージってやつだ」

「あし、つぼ?」


 きょとんとするロリババアに向かってニカッと笑い返し、再び足首を抑えて足の裏に拷問棒をあてがう。


「足の裏っていうのはな。体のいたるところとつながっているんだ。だから体のどこかが悪いと押されるときに強烈な痛みを伴うのさ。例えばここは、胃」

「ギ、イ―――!!!」

「ここは腸」

「ヌガアアアアアッ!?」

「ここは腰」

「ホワアアアアッ!!」

「お前が痛めているのは、やはり胃だな。声にもならないって感じだ。この足つぼマッサージを続ければ、お前の内臓はどんどん破壊されていく。いいのか? これ以上は取り返しがつかなくなるぞ」

「やめろ、やめてくれ……!」


 実際はどんどん健康になるのだが、異世界人にそんなことはわからない。

 よほどの危害を加えてこようとした相手以外は、この実に平和的且つ穏便な拷問によって心を折り、誓約を破棄させるのが最近のトレンドだ。


「わ、わかった。お前を使い魔にすることは諦める!」

「オーケーオーケー」


 よし、これにて終了ですね。

 お疲れ様でした。


「も、もういいだろう! 拘束術式を解いてくれ」

「ほいほい」


 俺が指をパチンと鳴らすと鎖が消えて、宙に放り出されたロリババアが受け身も取れずに落下した。


「あいたた。うう、もっと優しく降ろしてくれてもいいだろうに」

「そこまでしてやる義理はないね。ところで、お前は本当に俺を使い魔にすることを諦めたんだよな?」

「あ、ああ。もちろんだ……お前ほどの逸材を手放すのは本当に惜しいが、仕方ない」


 ロリババアは本当に無念そうに肩を落としている。

 嘘を吐いている様子はない。


「うーん?」


 だったら、なんで次の召喚陣が出てこないんだ?

 『使い魔にする』って誓約は破棄させたから、いつもどおりに召喚されるはずなのに。


「ああ、それにしても惜しい!」


 首を捻っていると、ロリババアが突然叫びだした。

 

「わたしもようやく賢者の遺産を手に入れて、有名になれると思っていたのに!」

「……賢者の遺産?」


 なんですかね、その不穏なキーワードは。


「む? ああ、異界の者であるキミが知るわけがないか……」


 こうして、ロリババアの口から賢者の遺産について語られた。

 その内容の大方を聞き流しつつ、うんうんと頷く。


「なるほどね。賢者の遺産については、だいたいわかった。ところで遺産を諦めるつもりは?」

「ない! なに、使い魔などなくとも要するに賢者に相応しい偉大ささえ示せばそれでいいのだからな。さて、こうしてはいられない。すぐに出発だ!」


 ピンシャカと動き出したロリババアに向けて、俺は無言で拘束術式を発動。

 ふたたび宙吊りにした。


「な、なにをするきさまー!」

「悪いことは言わない。諦めるんだ」

「なんだとー!? 何故だ! キミのことはもう解放しただろう!?」

「アンタが諦めないと困るんだよ!」


 結果的に言うと、このセリフは失言だった。ロリババアが我が意得たりとばかりにニヤリと笑う。


「く、くく。なるほど、そうか! キミを縛り付けているのは『願い』だな! だから使い魔として働くことを拒んで、わたしに誓約を破棄させようとしたわけか! 残念だったな。わたしの真の願いは『賢者の遺産を継承すること』だ! だからキミを縛り付けることわりは未だにキミを縛り付けている……誓約はまだ有効ということだな!」


 チッ。こいつ、どうやら本当に優秀だったらしい。

 さすがにプロ相手に手札を晒し過ぎたな。

 素直にミスを認めつつ、頭を再回転させる。


 このロリババアはやや高慢なきらいはあるが、悪人ではなさそうだ。

 俺の拷問に5分以上も耐えやがったし、おそらく同じ手段で諦めさせるのは難しい。

 それに何より……。


「賢者の遺産、ねぇ……アンタはどうしても、そいつを手に入れたいんだな?」

「そうだ! わたしを嘲笑った連中を見返すためには、どうしても必要なのだ!」


 なるほどね。

 つまりはちっぽけな自尊心を満足させるため、自分のことを今では忘れ去っているであろうヤツらの鼻を明かすため、人生賭けてるってわけか。


「オーケー。その動機、実にしょぼくて気に入った。賢者の遺産とやらが何なのかにも興味があるし、いいだろう。期間限定ではあるが、アンタの使い魔になってやる」

「ほ、本当か!」

「ああ。ただし形だけだぞ」

「かまわんかまわん!」


 俺の足つぼマッサージの効力なのか、一気に元気を取り戻したロリババアが、びしっとあらぬ方を指差した。


「では、いざゆかん、賢者の森へ!」

「へいへい」


 こうして。

 どこにでもありそうないつものケースが俺の気まぐれとロリババアの粘りにより、思わぬ方向に転がることになったわけだが。

 まさかあんな事件が待ち構えていようとは……このときは夢にも思っていなかった。

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