第101話 銀髪の少女

 邪魔の入らなさそうな平野に移動した俺とシアンヌは一定の距離をとって向かい合った。


「よし、早速始めるぞ」


 指をパチンと鳴らすと、俺の周囲に先程の少女冒険者4人が出現した。


「なぁっ……!!?」


 シアンヌが絶句し、驚愕の表情を浮かべる。


「もちろん本人じゃないぞ。魂からっぽの偽物だ」


 悠斗のハーレムパーティ相手に披露した『即席復活チート』のちょっとした応用である。

 誰かの記憶を元に死者のコピーを生み出すのが本来の使い方だが、俺なら鑑定眼で分析した生命体を『死者の記憶』ということにして生者の再現が可能だ。

 もっともチート能力まで搭載するにはそれなりの魂エネルギーが必要だし、再現するチート能力を俺が持っていなくてはならない。

 もちろん、俺はさっきの4人全員の能力を既に所持している。


「もっとも……銀髪のこの子に関してだけは『俺の視えた範囲』の再現ってことになるから、本物とは違う。今でもヤバイが、充分に覚悟はしておけ」


 戦闘データに関しても、さっきのサンドワーム戦しかない。俺ならこうするっていう最適解を入力してあるから、真に迫れるとは思うけど。

 |規格外の例外則(オーバーフロー・ワン)の|近似体(アポロキシメイト)には俺やアルトリウスと違って限界があるとはいえ、天井知らずに成長を続ける主人公補正持ちの怖さは俺自身、よく知っている。

 本物とコピーを戦わせたら、十中八九勝つのは本物だろう。


「……自分の挑戦が如何に無謀か、改めて思い知らされるな」


 銀髪ちゃんとの戦いを思ってか、あるいは父の仇の俺の力を目の当たりにしてのセリフか。

 多分、両方だ。


「ヘコんでる暇はねーぞ。まずはひとりずつと戦って、最後は4人同時だ。前も言ったが容赦はしないからな」


 本番のことを思えば手加減などできるはずがない。

 シアンヌはイツナと並ぶ成長株。自分の成長を実感しづらい時期に入っている彼女には、ひょっとするとこの試練は逆効果になるかもしれない。だが、かつての俺のように、隔絶した存在との戦いを経ることで何かを掴める可能性もある。

 シアンヌは俺なんかよりよっぽど戦いのセンスがいい。きっと、大きく成長できるだろう。

 そんな思いを抱きながら、俺は最初の少女をシアンヌにけしかけた。




 シアンヌの強さは、なんと言っても速さにある。

 特に縮地チートの使い方が抜群にうまい。他に効率のいい方法を知っているからとはいえ俺が移動用と割り切っているのに対し、シアンヌは縮地を戦闘に採用している。もともと直進しかできない縮地を移動と停止を幾度となく繰り返すことで擬似的にカーブするのだ。その反動は確実に肉体と精神へのダメージを蓄積するが、停止による隙を極力ゼロにするためにシアンヌは血のにじむような努力を重ねているし、結果も出している。


 結論から言ってしまうと、のっぽ戦士ちゃんと赤髪魔術師ちゃんはタイマンでならシアンヌの敵じゃなかった。

 シアンヌの超スピードにふたりは全くついて行けず、いともあっさりと無力化されてしまったのである。

 意外と健闘したのが、ちびっこ神官ちゃん。その理由は、やんごとなき理由から俺が持ってるだけで使用できない『神の過保護チート』にあった。実を言うと効果は俺もよく知らなかったのだが、どうやらあらゆる神にものすごーく愛されるという効果らしい。古今東西あるゆる神々の加護を受けられるために防御障壁に関しては鉄壁。幸運の神すらも味方に付けたちびっこ神官はコピーであるにも関わらず、シアンヌの目にも留まらぬ猛攻を無傷で凌ぎきった。

 もっとも攻撃系の信仰魔法はシアンヌの特殊能力であるブラックマターを抜けなかったので互いに決定打が出ず、引き分けとなった。


 そして、肝心の銀髪少女戦がどうなったかというと。


「まあ、こんなもんだろ」


 戦いの開始直後、シアンヌは縮地を発動する暇すら与えられず、真正面からまっすぐ突撃してきた銀髪少女に殴り倒された。

 銀髪少女は縮地を持っていない。ただ単に、シアンヌの知覚できないほどのスピードで動ける。それだけの話だった。


「ぐぅ……まさか、こんな。さっきの戦いは本気ではなかったのか」

「大方、仲間に合わせてるんだろうよ。もう全部あいつひとりでいいんじゃないかなって言われないように」

「なんだ、それは……」

「仲間を作って群れようとするなら、そういう配慮も必要ってこった」


 シアンヌが舌打ちする。

 人間同士の惰弱な馴れ合いにしか思えないのだろう。

 そういう側面があるのも否定はしないが。


「さあ、次は4人同時だ」

「それをする意味があるのか? 銀髪の相手をするだけでも無理なんだぞ」

「御託を並べる暇があるなら、さっさと立って構えろ」


 納得いかないようだが、それでもシアンヌはよろよろと立ち上がった。

 間髪入れずに4人が動き出す。


 シアンヌは包囲されることを嫌って縮地で距離を離したが、結果として赤髪魔術師ちゃんをフリーにしてしまった。力ある詠唱とともに繰り出されたのは火球魔法。通常よりも威力を強化した強力な炎がシアンヌに飛ぶ。


「魔法など!」


 シアンヌが十八番の|漆黒の球体群(ブラックマター)を前面に展開する。炎の玉は球体に吸い込まれるようにかき消えるが……。

 

「なにっ!?」


 ブラックマターの中からのっぽ戦士ちゃんが飛び出して、戦斧を振りかぶってくる。

 咄嗟に次元転移で回避するシアンヌ。事前に設定していた転移先は赤髪魔術師の背後。ブラックマターを纏わせた爪……黒爪撃で無防備なうなじを切り裂こうとしたが、不可視の障壁に阻まれた。


「これは、さっきの神官の!」


 さきほど無敵の守りでシアンヌを苛立たせた、ちびっこ神官ちゃんの防御障壁。

 どうやら自分だけではなく、仲間の防御にも使えるらしい。


 こうなるとシアンヌは苦しい。黒爪撃は鎧や龍鱗、魔法などの防御を無視できる。だが、それすらも防げる障壁が神官だけでなく、他の全員にも適用されるとなると攻撃力も手数も足りない。

 シアンヌの弱点は明確で、縮地やブラックマターの強みが通用しない敵には手も足も出ない。それだけ能力が強力ってことではあるんだけど。


「あっ……」


 シアンヌが息を呑んだ。

 銀髪少女のサーベルが、シアンヌの首筋に添えられたのである。


「勝負あったな」


 俺が合図すると、4人の少女達は一斉に俺の下へと帰還した。


「クソッ!」


 シアンヌが膝をつき、悔しそうに地面を殴りつける。


「どうする?」


 俺からは、やめろとも続けろとも言わない。

 戦いを望んだのはシアンヌだ。

 ならば俺は嫁に付き合うまで。


「もう一度だ!」


 シアンヌが立ち上がり、天に叫ぶ。

 その闘争心は、これっぽっちも損なわれていない。


「タイマンからにするか?」


 俺の確認にシアンヌは少し考えこんだ後、顔を上げた。


「ああ。だが、戦士と魔術師はひとまずいい。まずは神官と何度かやりたい」

「了解だ」


 こうして、その日の特訓は夜を徹して行われるのだった。





 特訓は一晩中続いたが、さすがにシアンヌに限界が来た。

 ぶっ倒れて寝込んでしまったシアンヌを休ませるために封印珠に入れた後、俺も試しにコピーズと戦ってみる。


 模擬剣での秒殺、成功。

 麻痺魔法で瞬殺、成功。

 石化魔眼で石化、成功。

 タイマン、4人同時、すべての戦闘において楽勝であった。


 もちろん本物の銀髪少女ちゃんは無限大に成長する可能性が高い。どこまで俺に追随してくるかにもよるが、リリィちゃんのときみたいな大惨事になるのは疑いない。

 俺も第一の封印ぐらいは解かないと苦戦するかもしれないので、エヴァ様お説教コースは覚悟せねば。それだけは何としても避けたい。


 そうなるとシアンヌには悪いけど、秘密結社打倒の方かな。

 あるいは冒険者グループを倒すことなく、無力化だけするか。銀髪少女だってガチでやり合わず搦め手を使うなら、方法はいくらでもある。

 だけど代理誓約の方も進めておいた方がいいだろう。目的、性質、文化、概念……なんでもいい。結社のミームさえわかれば……顔と名前のわからないメンバーでも同時呪殺する条件は整えられるはずだし。

 

 ならコピーズも封印珠に入れて、本物に会いに行くとしよう。結社の情報も俺よりは持っているだろうし。

 その気になったら、いつでも始末をつけられるようにな。




 あくる朝。

 本物達のことは戦闘力しかわかっていないので、最初の数時間は冒険者登録してギルドに滞在しつつ遠目に観察することにした。


 会話内容からすると、やはり学生らしい。なんでも他の冒険者から聞いた話によると冒険者養成学校のようなものがあり、彼女たちはそこの特待生であるとのこと。

 非常に和やか且つ仲良しなチームであり、男のことはまるで相手にしないらしい。女同士でできてるんじゃないかって噂も立ってるようだが、本人達は自分らに見合うような彼氏が欲しいみたいなことも放言している。どこまで本気なのかは、わからんけども。


 当然というか、秘密結社についてギルドではまったく話さない。ただ、宿では防音魔法を使った後にそれらしき会話をしていた。どうやら彼女たちも結社の大きな計画をふたつみっつばかし潰したぐらいで、全容を知っているわけではなさそうだ。自分達以外を遠ざけるのは結社を警戒してのことで、無関係な人を巻き込みたくないから、らしい。

 ただ、他の3人はともかく、銀髪少女ちゃんは結社の話題になるとあからさまに不快そうな顔をしていた。どうやら何か因縁がありそうである。


 「となると、真っ正直に結社のことを聞きに行っても駄目っぽいかなー」


 枕の投げ合いを始めてキャッキャウフフしている少女たちを眺めながら独りごちる。

 そう、俺は今、少女たちと同じ部屋にいる。

 しかし今の俺は催眠魔法によって彼女たちに認識されていないため、このようにしゃべっても気付かれないのだ。

 胸を揉んでも、尻を触っても、一緒に風呂に入っても気づかれることはない……フフフ。


 程なくして少女たちは疲れて雑魚寝し始めた。ちびっこ神官ちゃんに至ってはおへそ丸だしだったので、風邪をひかぬよう毛布をかけてやる。

 しかし全員が個室に戻った後で、ひとりずつ催眠魔法で情報を聞き出そうと思ったんだけど予定が狂ったな。どうすっか……。


 と、そこに。


「おっと、こいつは……客かな?」


 階下から闖入者どもがこちらに上がってこようとしている。

 一応気配を殺そうとしているみたいなので、トラブルを起こす気なのは丸分かりだ。

 赤髪魔術師ちゃんの目が、ぱちりと開く。彼女は部屋の周囲に|警報魔法(アラーム)――もちろん、俺には反応しない――を張っていたので魔法範囲に闖入者が踏み込んだことで覚醒したのだ。

 赤髪魔術師ちゃんがすぐさま仲間達を起こして回り、敵襲のハンドサインを出す。全員が無言のまま頷いて、各々の武器を手に取った。実に手慣れている。

 扉の近くにのっぽ戦士ちゃんと銀髪少女ちゃんが陣取り、神官ちゃんが部屋の真ん中。魔術師ちゃんは窓の方を警戒しつつ、杖を構える。


 扉が蹴破られた。

 待ち伏せしていた銀髪少女ちゃんが放った魔力弾に胸を貫かれて、一番前の闖入者が倒れる。

 黒ずくめの軽装。結社の暗殺者だ。

 のっぽ戦士ちゃんが死体を踏み越えて、後ろにいた暗殺者を戦斧で真っ二つにした。

 部屋の窓がけたたましい音ともに割れて、別の暗殺者が飛び出してくる。

 これを待ってましたとばかりに赤髪魔術師ちゃんが空間断裂の魔法を唱え、暗殺者をバラバラに切り裂いた。


「こいつはすごいな。完璧な対応だ」


 裕也や悠斗のようなニコポリンクがないのに、少女達は非常に息の合った連携を披露してみせた。

 またたく間に結社を全滅させた後は宿の主人に役人を呼んでもらい、事情聴取を避けるようにそそくさと別の宿へ移動を開始する。

 俺もこっそりとついていこうとしたのだが……街の中を走っているときに、いきなり銀髪少女が振り返った。

 目が合って、思わずぎょっとする。


「どうしたの?」


 ちびっこ神官ちゃんが心配そうに声を掛ける。

 しばし銀髪少女ちゃんと俺はにらめっこになったが。


「ううん、なんでもない。視線を感じる気がしたんだけど……気のせいかな?」


 そのまま俺をおいて銀髪少女ちゃんたちは走り去っていった。


「……いやぁ、こいつは参ったね。どうにも」


 俺の催眠魔法を自力で解きかけたっていうのかよ。

 いよいよ何者なのか、しっかりと突き止めておいたほうがいい気がしてきたな……。

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