第81話 嫁はやっぱり大切だった

「ねえねえ、あの常連さんの連れてる子、すごくかわいくない?」

「うん、確かに~。ぎゅってしてあげたい!」


 猫耳メイドとエルフメイドの内緒話が地獄耳チートのせいで耳に入ってくる。

 どうやら向かいの席にいるステラちゃんの話題のようだ。

 当のステラちゃんはチョコレートパフェに大満足のご様子。

 おっきなスプーンでクリームをぱくっとを頬張る姿に癒されつつ、ほっぺについたクリームを指で掬い取ってあげる。


「いつも一緒に来てるよね。兄妹かな?」

「そうでしょ。でも、なんか犯罪の臭いがプンプンするー」

「あ、わかるー。あの目つき、絶対にカタギの人じゃないよね」


 はいはい、よく言われるよ。


「でも、なんだかオーナーと同じ人種だよね。黒髪に黄色い肌だし」

「うん、珍しいよね。やっぱりずっと遠いところから来てるのかな」


 どうやら、このメイド喫茶を開店したのは日本人トリッパーのようだ。

 いや、ファンタジー異世界にキャッチーなメイド喫茶があるわけないから絶対そうだと思ってたけど。


「マスター、お飲み物のおかわりはいかがですか?」

「ああ、頼む……ってエヴァ!?」


 自然に接客されたせいで聞き慣れた声なのに気づかなかったわ。

 この嫁はいつもながら運命やら因果律を操作して唐突に現れおる。

 しかも今回はメイド仕様ときたもんだ。元々の紫と黒を基調とした衣装がゴシックメイド風にアレンジされていた。


「ふふ、驚かれましたか?」

「ああ、よく似合ってるぜ」


 丸いトレーで口元を隠しながら、俺の世辞にクスッと笑うエヴァ。

 お茶目なドッキリ成功にすっかりご機嫌のようだ。


「今回は、この喫茶店でしばらく前から働いているということにさせていただきました」

「相変わらず、チート能力の無駄遣いだな」


 得意げに語るエヴァに、いつものように肩を竦めてコメントを返す。

 エヴァの操作系チートはステラちゃんと違ってノーコストだから、無駄遣いという言葉は当てはまらないかもしれんけど。

 

「花嫁修業終わったんだな。あれ、そういえばイツナとシアンヌは?」


 無意識に辺りを見回してふたりの姿を探す俺に、心底呆れたようにエヴァが目を見開いた。


「何をおっしゃいます。おふたりを喚べるのはマスターだけでしょうに」

「え? あ、そういやそうだった。悪い悪い、いつもの癖で」


 普段だと居残り花嫁修業をした新人はエヴァの次元転移チートで戻ってくる。

 卒婚嫁と同じく『召喚と誓約』で縛っている以上、ふたりは俺が召喚するしかない。


「いつ喚べばいいかな?」


 数あるパターンの中でも初めてのケースなのでエヴァにお伺いを立ててみる。

 するとエヴァは目を瞑り、星を詠み始めた。


「あちらの宇宙とはだいぶズレますからね。着替えや湯浴みの最中にバッティングしないようにするには……明日の昼あたりが最適でしょう」

「ん、となると今日は無理か」


 俺が少し残念そうに頬杖をかくと、得意満面のドヤ顔をするエヴァ。


「フフフ、つまり今夜はふたりっきりということです」


 ああ、そういうことか。

 しかし、エヴァはチートを空気のように使いこなせる分、駆け引きの詰めが甘いんだよなー。


「にぃちゃ、この人だぁれ?」

「……あ、ステラさん……」


 かくして、お局様は幼い新人嫁候補と仲良くなるべく気まずそうに「初めまして」と挨拶する羽目になるのだった。




「うふふ、マスター」


 宿屋の部屋でステラちゃんを早めに寝かしつけるという俺のフォローにより、エヴァの目論見は図らずも現実となった。

 シアンヌのように殺意交じりの激しいプロレスとはならない。女房気質のこの少女、ベッドの上ではダダ甘である。

 ぴったりと寄り添うように隣で横たわる少女が笑顔のまま呟いた。


「次にわたくしが目覚めるのは、何年後でしょうね」

「どうだろうな」


 眠りについたら封印珠に入れる。

 そのことを俺は否定しなかった。

 こんなやりとりを、俺とエヴァは何度も繰り返している。


「構いません。マスターにとって何年後でも……わたくしにとっては、明日と変わりませんので」

「エヴァ」

「そんな顔しないでください」


 いったい、どんな顔をしていたというのだろう。

 エヴァがいつものように、優しく微笑んでくれていた。


「貴方は人間なんですから」

「ああ」


 第三者が聞いたらまるで意味不明の。

 しかし当人同士には他の言葉が不要なやりとりを交わす。


「どうかしばらくは、あのふたりに時間を使ってあげてくださいね。彼女たちはマスターにとって、きっと……」

「わかってる」


 眠りにつくまで、そんなつたないやり取りを繰り返す。

 他には何もいらない。

 今の俺たちには、そんな時間さえあればいいのだ……。




 邪神討伐の影響で本来滅ぶはずだった六つの異世界が復活した。

 元の世界に統合されることなく分離独立する並行世界もあるだろうから、この多次元宇宙で果たすノルマが100を下ることはないだろう。

 こうなることもわかっていたので今更文句を言うつもりはない。

 気疲れはするけど。


 新たに生まれた世界には典型的な願望……というより欲望が多くなる。だから、ここ最近は母数の多いクズ召喚者にばかり召喚されている。

 異世界召喚には相性やら波長やらがあるので誰にでも召喚されるわけじゃないのが救いだ。

 

 しばらくは似たような世界、似たような時代、似たようなクズに召喚され続けることになるだろう。

 別にそれが嫌というわけではない。いつものことだし、俺にとって誓約は仕事だ。やりたくなくてもやらなきゃいけない面倒事である。そもそも観光でもないのに異世界の個性をいちいち気にしていてはキリがない。

 

 もっともメイド喫茶がある異世界が無個性かというと、そんなことはないと思う。

 中世ヨーロッパ風の価値観を持つ異世界人にとって、メイド服は萌え文化が生み出したキャラクター商品などではない。世界観にもよるが、原則として貴族の召し抱える奉公人の仕事着に過ぎない。現代人が異世界トリップしてメイド喫茶をオープンしても、それがヒットするとは限らないのだ。

 しかし、あのメイド喫茶の経営者は綿密な市場調査と需要の有無をキチンと調べ上げたうえで、コネをつかって当局への根回しを済ませていた。経営センスからしてコーヒーオヤジに勝ち目のある相手じゃない。


「イツナ、シアンヌ。来てくれ」


 そんなどうでもいいことを考えながら、町外れの郊外に広がる原っぱに適当に描いた魔法陣に向かってふたりの名前を呼んだ。

 詠唱なんて必要ない。俺が呼ぶ。嫁がイエスかノーで返事する。風が巻き起こることもなければ、光が舞い散る事もない。特に盛り上がりもなく、懐かしい顔が魔法陣の上に現れた。


「あ、サカハギさんだー!」

「よっ、イツナ!」


 元気のいい声に手を挙げて応える。

 目を輝かせながら駆けてくるのは黒髪を三つ編みに結んだ女の子はイツナ。雷霆のチート能力を持つ俺の嫁。頭を撫でてやると「んーっ!」と謎の奇声をあげて喜んだ。


「ふん。久しぶりだな、サカハギ」

「おう、久しぶり」


 封印珠の中の時間は止まっているから、嫁が俺に「久しぶり」と言ってくることは少ない。

 だからというわけでもないが、目を逸らしつつも挨拶してきたシアンヌに不思議な懐かしさを覚えた。

 俺のことを父親の仇と付け狙っている相手にこんな感情を抱く日が来るとは、長く生きてみるもんだ。


 しばらくぶりとはいえ、ふたりの見た目は大きく変わっていない。イツナも城で見たメイド服ではなく俺がしつらえてやったへそ出しセーラー服に戻っているし、シアンヌも黒を基調とした露出度高めの魔王軍女幹部風ファッションだ。

 慣れ親しんだ安心感に浸っていると、そんな俺の姿を見てイツナが首をかしげた。


「ねえねえ。エヴァさんからサカハギさんが修行のテストをするって聞いたんだけど、何やるの?」

「え? ああ、別にたいしたことじゃない。ふたりにはいつもやってもらってた事だ」


 花嫁修業を終えた嫁には、俺自ら採点を下すためにいくつかテストをするのが通例だ。とはいえ、俺の手伝いをしてもらったりするぐらいで合否のあるようなものでもないし、エヴァも立ち会わない。あくまで修行結果を見るためのものだ。


 というか、テストがあったか。

 何も考えてなかったぞ。

 どうしようかな。


「サカハギ。そういうことなら実戦がしたい」


 シアンヌが少しイライラを抑えるように呟いた。


「そりゃ、俺やイツナと一戦交えたいってことか?」

「いいや、相手は何でもいい。むしろ格上に挑むよりも格下を痛めつけたい気分だ……」


 俺の問いにシアンヌがただならぬ気配を漂わせる。声もだんだん低くなっていって、最後の方は地の底から響いてきそうなかすれ声だった。


「おいおい、大丈夫なのか?」


 今にもチートの暗黒面に墜ちそうなシアンヌに声をかけると、イツナが俺の袖を引っ張って耳打ちしてきた。

 

「城勤めがきつかったみたいなの。ほら、シアンヌさんは人間がきらいだから」


 あー、そういうことか。

 シアンヌからすれば、たかが下等な人間ごときに顎でこき使われるのは屈辱だろう。

 エヴァがいなかったら城の連中を皆殺しにするぐらいはしてたかもな。


「わかった、いいだろう。そういうことなら、気晴らしでもするか」


 シアンヌが無言のまま凄絶な笑みを浮かべる。

 イツナが気乗りしないのか、ウーンと唸った。


「いいのかなー? 誓約には関係ないのに」

「いいさ。俺にとっても渡りに舟だ」


 こちとら毒にしかならないような誓約に飽き飽きしていたんだ。

 殺しても問題なさそうなモンスターでも絶滅させてストレス解消に勤しむとしよう。

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