第51話 助けて、先代魔王様!

 ファンタジー異世界にも学校はある。

 今回の場合は王族や貴族の通う学び舎のようだが、俺が喚ばれることが多いのはどっちかというと魔法学校だ。

 地球の学校と同じく、異世界の学園というのは一種の閉鎖社会である。俺のような部外者が堂々と歩ける場所ではない。

 だから表を出歩くなら学園関係者に扮して行動する必要があるのだ。


 だけど生徒だと年齢や日本人風の外見からどうしても無理が出るし、教師も何かと余計なことに時間を取られる。

 何度かの失敗や経験を繰り返した結果。俺は学園内をうろついても怪しまれず、授業中でも拘束されない絶対的ポジションを発掘していた。


「ククク、やっぱり用務員は手ぬぐいがなくちゃな」


 薄汚れた服装に着替えて白い手ぬぐいを肩から下げる。どこに出ても恥ずかしくない完璧な用務員スタイルだ。

 この上で目撃者に「見覚えがある気がする」という錯覚を抱かせる幻惑魔法を自分にかければ準備完了。

 生徒には煙たがられるし、教師にもよほどのことがない限り見向きもされなくなる。


 そして、アイテムボックスからクラフトチートで製作した各種諜報用電子機器……隠しカメラや盗聴器を高速移動しながら仕掛けていく。

 深夜の内に教室、廊下、階段、職員室、実技室、女子更衣室、女子大浴場、 密会に使われそうな倉庫や倉庫裏……あらゆる場所に設置した。

 日中になって部屋の寮生がいなくなったら女子寮にも設置しよう。


 魔法による盗聴や視覚転移チートによる偵察もできるが、こっちの方が広い範囲を長時間に渡ってカバーできる。

 ちょっとしたプライベートからお貴族様の密会、家督が揺らぐスキャンダルに至るまですべての情報を管理可能だ。

 閉鎖社会だからこそ、その中の情報さえ制すれば学園を支配することなど造作もない。


 さて、用務員室。俺が表向き出入りする場所だが。

 当然だったけど前任の用務員がいた。幻惑魔法が効果を発揮するので邪魔にならないし、普段通りに行動してもらう。

 拠点についてはいろいろ考えた結果、特に奇を衒わず用務員室に地下室を作ることにした。

 作り方は簡単、土魔法で掘った空間にクラフトチートで石壁を張り、結界で補強するだけ。

 あとは隠しカメラと盗聴器の受信機を上に設置し、地下のパソコンと接続すれば準備完了。


 ヤツらがやるのと同じ要領で代行分体を作成してパソコンの前に座らせる。

 こいつに情報収集させれば俺がここにいる必要もなくなるって寸法だ。意識共有で必要な情報だけを随時手に入れることができる。

 まあ、俺の分体だから着替えや入浴の覗きに夢中になり過ぎて肝心のものを見逃す可能性もあるけど、それは俺がやっても同じだし。

 うまくやってくれれば俺好みのビッチ女貴族を何人か脅迫できるかもしれんしな。


 あと一応ゲーム模倣型異世界なのでコンソールを使えるように《解析》させているが、俺の苦手意識が邪魔でもしているのか時間かかりそうなので放っておく。


 さて、あれから2時間13分が経過してるし、そろそろシアンヌ達も戻っている頃だろう。

 そう思って、再び教室に戻ったのだが……。


「……これは、どういうことだ?」


 その光景に唖然とする。

 空き教室にはシアンヌとイツナが無事に戻っていた。

 机が端にどけられて、中央に陣取っている。


 そして、ふたりの足下……月光の照らす床に転がされ、後ろ手を縛られ、ご丁寧に猿轡まで噛まされていたのは件のパーティで婚約破棄を言い渡された悪役令嬢。

 セリーナ=ブロンシュネージュ公爵令嬢その人であった。


「フッ、見ればわかるだろう。拉致してきた」

「シ、シアンヌさんの言う通りにショックバトンで気絶させてきたんだけど……」


 イツナが申し訳なさそうに手をあわあわさせているのとは対照的に、シアンヌはドヤ顔で邪悪そうな笑みを浮かべていた。


「貴重な情報源だ。当然、尋問……いや凌辱して拷問か? サカハギ、どうせお前のことだ。この女の体に直接訊くのだろう? 思う存分やるといい!」

「アホか!」


 アイテムボックスからハリセンを取り出し、シアンヌの頭をスパーンとはたいた。


「な、何をする!?」

「中身は転生者なんだぞ。丁重にお話しして協力させるに決まってるだろうが!」


 くそっ、シアンヌの「え、そうなの?」って素になった顔がかわいくなかったら張り倒してるところだ!


「イ~ツ~ナ~!」

「ひ~ん、ごめんなさい!」


 ああ、畜生。

 イツナもなんか違うと思いつつ、シアンヌに押し切られてしまったというわけか……。


 気絶しているセリーナ嬢を見下ろし、思わず頭を抱える。


 これは駄目……っ!

 圧倒的駄目さ……っ!!

 悪役令嬢の異世界では俺を含め、全員が等しくポンコツ……ッ!!!


「ええい、やっぱり喚ぶぞ!」

「え、卒婚嫁さんは駄目なんじゃなかったの?」


 イツナの疑問を余所に、セリーナ嬢の横で魔法陣を展開する。


「召喚するのは嫁じゃない、スペシャルオブザーバーだ!」


 ヤケ気味に言い放った俺が使ったのはチートではなく召喚魔法。

 異世界召喚者たちが使用する『黄金の魔力波動を持つ者』を喚び寄せる……いわゆる勇者召喚魔法だ。

 だけど、今回俺が召喚するのは勇者じゃない。


「来たれ、先達の魔王よ! 悪役令嬢の世界攻略のため、我が召喚に応えたまえ!」


 クズ召喚者どものように強制召喚はしない。

 代わりに食いついてくれそうな情報をエサとしてぶら下げ、応えるか否かは相手側に任せた。

 あの子ならきっと来るはず。


 その証拠に魔法陣が一層輝き、中からひとりの女の子が現れた。


「やっほー、久しぶり!」


 頭に特徴的な羊の角。

 かつて身に纏っていたメイド服ではなく、魔王に相応しい黒マントを羽織っている。

 出会った頃のオドオドした表情はきれいさっぱりなくなり、さばさばした笑顔で手を振ってきた。


「よう、彩奈ちゃん」


 こちらも笑顔で魔法陣から出てきた魔王を出迎える。

 そう、俺が召喚したのは魔王として望まぬ転生を強いられた元女子高生、酒井彩奈ちゃんだ。


 悪役令嬢の異世界に行きたいと呟いていたこの子ならば、当然知識もあるだろう。

 きっと俺たちに足りないものを補ってくれるはず!


「悪役令嬢の異世界に来てるってほんと!?」


 挨拶もそこそこに彩奈ちゃんが早速食いついてきた。


「ああ、本当だ。早速力を貸してほしいんだが……」

「どこどこ? 悪役令嬢の子はどこにいるの?」


 俺が無言で指差した方を見つめる彩奈ちゃん。

 そこには相変わらず後ろ手を縛られて猿轡を噛まされたまま床に転がるセリーナ嬢。

 しばらく無言で見つめていたかと思うと。


「ア、アウトーッ!」


 彩奈ちゃんが突然叫びだした。


「待て、言いたいことはわかるが落ち着け!」

「アウトーッ!」


 慌てて遮音結界を展開し、俺たちは必死に彩奈ちゃんを宥めるのだった。




「とりあえず全員、そこに正座!」


 すべての事情を聴いてぷりぷりする彩奈ちゃんに言われるがまま、俺たちは横一文字に正座した。


「いい? 悪役令嬢に転生した子っていうのはね、心細いの! 将来の破滅が決まってるのよ? 戦わなきゃ生き残れない。必死なの。それを無理やり拉致して拷問しようとしていたですって? 信じらんない!」

「す、すいません……」


 謝ってる!

 あのシアンヌが素直に謝ってる!

 さすが先代魔王、ぱねえっす!


「そっちの初めましての子! 実行犯ちゃん! ちょっとは疑問に思ったなら自分で考えて意見をもっと主張する!」

「ふぁ、ふぁいっ」


 おさげをパリパリさせつつ、イツナがシュンと項垂れた。


「いやあ、まったく、こいつらにも困ったもんだよ」


 肩を竦めてみせると、彩奈ちゃんにキッと睨まれた。


「何言ってんの! アンタが諸悪の根源でしょうが!」

「ええっ、俺!? 何が悪いんだよ!」

「元はと言えば、アンタが悪役令嬢世界を他人任せにしてたのが原因でしょうが! よくそんなんであたしにプロポーズなんかできたわよね。まったく、通りすがりの異世界トリッパーが聞いて呆れるわ!」

「ぐはぁっ!?」


 毒舌の精神ダメージに思わず胸を抑える。


 うぐぐ、素になった彩奈ちゃんは相変わらず思ったことをズバズバと言ってくれるぜ……。

 ああ、だけどそれっていろいろあったけど立ち直って今をちゃんと生きてるってことだし。

 そう考えれば、悪い気はしないな。


「とにかく事情はわかったわ。この子からはあたしが事情を聴いておくから、アンタらは……」

「え? いや、俺としては悪役令嬢の異世界のパターンとかいろいろ聞きたいんだけど」


 挙手する俺に向かって、彩奈ちゃんはにっこりと微笑んだ。


「まだ何か?」

「なんでもないです」


 空き教室の結界に彩奈ちゃんとセリーナ嬢の魔力波動パターンを登録して、俺たちはトボトボと廊下に出る。


「……寝るか!」

「うん!」

「そうしよう」


 こうして俺たちポンコツファミリーは大人しく、朝を待つことにしたのだった。

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